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2004年6月

2004.06.30

輪界の花たち

 きのうのふるさとダービー函館の中継中、「輪界のマドンナ」(^_^; 高橋しげみさんがエッセイ集を出すというのを聞いて、久しぶりに「高橋しげみ」で検索してみたら、いつのまにか『月刊競輪』のweb版というのができていた。しかも競輪のオフィシャルサイトのひとつ「競輪らんど」からはいれる。

 この記事のなかで出色だったのが、しげみさんなど「全国女性キャスターが語る地元選手、地元バンク」という連載。1回め5月号がしげみさん、2回め6月号が服部佳代子である。

 こーいう情報を待っていたのよ。(^^)
 これまでは、競輪中継の関係者のプロフィールを調べようとしても、なかなか見つからなかったのだ。服部さんや「みやめ」宮田めぐみみたいに、プロダクション所属なら多少の情報はあるけれど、しげみさんのように完全フリーだと、お手上げ状態。それで、こーいうブログなんかで紹介して、競輪の普及活動につとめようとしても、紹介できなかったりするわけだ。

 ま、それはおくとして、しげみさん、服部さんと競輪との出会いはおもしろい。次はわこちゃん、最近うまくなった山咲さくらあたりだろうか。あれ? 山咲は山陽オートの専属になった……わけじゃないよね。こないだ岸和田で司会やってたはず。SPEEDのキャスターも出身地別にあつかうのかな?

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2004.06.29

プライヴェート・サポセン

 ライアンじゃない。あの映画、相いかわらずスピルバーグはナンダカナンだな。やつは生理的にあわない。そーいう話じゃなくて……

 ゆうべ、江藤巌さんの奥さんで昔からのSF仲間、U子さんのPCの個人サポセンをやる。

 ずいぶん前から、仲間のPCトラブルについては、わかる範囲でプライヴェート・サポセンをやっているのだ。なぜかといわれたら、よくわからない。ヽ( ´-`)ノ 
 たぶん、そういう運命なのだと思う(笑)。サポートやると、PCとか固有のアプリとかが抱える問題点なんかも見えてくるから、自分にとっても有用なのだ。ということにしておく。(^^ゞ

 症状は一発で明白。ウィルスだね。購入まる4年のイイヤマ製(あそこはサポートがユーザーをどなりつけるとかで有名じゃなかったっけ? すごくおぼろな記憶だが(^^; )で、OSはMe。はじめからWindows updateにはいれなかったそうだ。さすがはイイヤマ(笑)。ハードが悪いのか、マニュアルをふくむサポートが悪いのか、そこはわかんないけど。でも、こうなると最近のウィルスにはイチコロだ。例のIE5.xxの脆弱性を狙ったやつだろう。

 通常の操作では、まったく起動できないものの、BIOSを立ちあげてもらったところ、内容は完全に正常なので、次にセーフ・モードを試みた。これもOK。これなら、原因はほかにあるかもしれないけれど、必要なデータを退避させて、フォーマット&再インストールが常道だろう。とにかく、Windows updateにはいれなくなっちゃった状態というのは、あまりに無防備すぎるから。

 ユーザーさん(笑)にはそういう操作をしてもらって、週末にでも再インストールをオススメしておいた。今回のウィルスの侵入路はブラウザだと思うけど、ついでにアウトルックの使用をやめるようにアドヴァイス。これで、うまく最新のWindows updateがきけばいいんだけど……

 Meのサポートって、今月末までだっけ? たしかそうだったよね。がんばって、OSインストールしなおして、アップデートぜんぶかけてね~ >U子さん。(^^)

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2004.06.28

禁断! ご祖先の味覚?

ina01.jpg

 これはなにかというと、イナゴである。正確にはイナゴの佃煮。PHSの11万画素CCDカメラでとったせいか、うつし方が悪いのか、ほとんどゴキブリみたいに見える。フォトショで補正したりしてみたんだけど、やっぱり「ムシ」だ。(^^;

 ためしに、小皿に載っけてみたが……

ina02.jpg

 あんまり変わらないか。(^^;;;

 グロテスクといえば、たしかにそのとおりなんだが、ときどきこーいうのが無性に食べたくなるんだな、これが。

 今回は数週間前、小田急の地下食で1パック500円くらいのを見つけたんだけど、あまりに高いんでばかばかしくて買わなかったところ、数日前、地元埼玉のスーパーでもっと大きいパックで200円というのを発見し、速攻で買ってしまったものである。

 日本では、昆虫食はあんまり見られない。せいぜいイナゴと蜂の子、地方によって蚕のさなぎ、ザザムシくらいだろうか。私自身、このへんは食べられる(または、イナゴなどは明らかに「好き」だ)が、タガメやカブトムシの類い、大型イモムシなどは食べられそうもない。ボーダーラインはサソリなどの黒焼きや、メヒコのアリか。こーいうのはわりに抵抗感がない。メヒコの蛆塩もOKの部類だ。

 というような話を、とーこちゃんとしているうちに、ひとつ疑問が出てきた。

 たとえば、タイ北部で昆虫食がさかんなのは、ほかに蛋白源がないからだという。日本でも、長野などでは昆虫が貴重な動物性蛋白源だったといわれている。
 だけど……山には、動物や鳥類という蛋白源が、豊富にいたんじゃないだろうか?

 山の民に関しては、いわゆる里山の民もふくめて、中世・近世を通じてイノシシやシカから小動物にいたるまでの動物を食べていた、あるいは食べられる環境にあったはずだ。平地・盆地の農村はちょっと微妙だが。山では、いわゆる宗教的禁忌もあったと思うが、それより生きのびるほうが優先され、結果的に鳥はもちろん動物もさかんに食べられたにちがいない。すくなくとも、ハレの日に食べたのはぜったいにたしか。

 なのに、「貴重な」蛋白源を確保するという名目で、昆虫食の文化が連綿とつづいてきた、いや、いまもつづいているわけである。

 もちろん、動物にくらべて、確保がかんたんだったというような理由も考えられるものの、これはどうも「おいしいから」とか「好きだから」というような……つまり、嗜好品的要素が大きかったような気がしてならない。例年テレビでやるザザムシ漁なんかを見ていると、ますますその感が強くなる。

 きっと、古代人にとって、昆虫はかなりな珍味……もしかすると、樹上生活をしていた先祖を思いだすよすがとなるような珍味だったのではないだろうか?

 そう考えると、自分が年に一度くらい、無性にイナゴを食いたくなる理由も説明できるような気がするのだが。(^^)

 オチ。ちなみに、とーこちゃんにいわせると、私はこの季節、無性にカップ麺の焼きそばが食いたくなるように見えるそうだ。そーいえば、ここ2週間、週末になると食ってるような気が……(^^; これは樹上生活時代の先祖とは、ぜったいに関係ないよな。(^^;;; とーこちゃん説では、これは市民プールや海の家の記憶ではないかということである。

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2004.06.27

PCはケースが命2

『鷙悍』の前に組んだ現・主力機の『震電』に使ったケースは、惚れこんで買ったのにさんざんなつくりで、思わず「金返せ」といいたくなるしろものだった。

 フリーウェイ(FREEWAY)の定番ケース「FWD-500」シリーズである。

 フリーウェイは好きな会社で、倒産するまではずいぶんパーツを買っていたし、いまもツートップ(TWOTOP)は懇意にしてる(いまはFaithの系列になっちゃったけど。もちろん、Faithにもよく行く)。ケースもふたつめで、最初に買った型番失念のやつ(下の写真)は、いまも妻のメインマシンとして活躍している名品だ。

bart01.jpg
 妻のメインマシン『Bart09』。3.5inchベイあたりに年輪が(^_^;

 ほかはともかく、作業性のよさでは、群をぬいていただろう。なにしろ、マザボを止めるシャーシ部分もレールに乗ってひきだせるようになっているから、マザボいじりがケースの外でできるのだ。おかげで、このケースがメインだったころはA7M266、GA-7VRX、A7V8X-Xと3枚のマザボを交換したけれど、ものすごく楽だった。

 このケースが名品だったのと、フリーウェイが倒産したためケースも手にはいらなくなりそうだとの危機感があったのとで、秋葉のショップで前からほしいと思っていた「FWD-500」をほとんど衝動買いしたのだが……やっぱり衝動買いはよくないね。しくしく。

 通気性を重視した設計だし、デザインはひと目惚れしたくらいでグッド。拡張性その他も問題なく、ファンの音はやや大きいながら、音はもともと気にしないタイプなのでOK……でも、操作性というか、作業性がとっても悪いのだ。通気性を重視しすぎた結果だな、こりゃ。

 だいいち、ドライバーが手もとにないと、開腹ができない。両サイドの側板をとらないと、前面パネルをはずせない。おまけに背面カバー・パネルというのまでついていて、開腹するのにいちいちケーブル類をぬかないとならない。ま、最後の背面カバーは2日で廃棄処分にしちゃったけど。じゃますぎ。

 さらに、これがいちばんつらいのだが、内臓をいじくろうとすれば、まず底面に固定されたHDD用の3.5inchシャドウ・ベイをはすさないと、なにもできない。

 こーいうやつなので、使いこんでいくうちにだんだん袈裟まで憎くなってくる。許せなくなって、槍玉にあげたのが、前面のアクセスLEDだった。スペック表を見ればわかるけど上からpowerがブルー、HDD1と2はどちらもグリーンと、デザイン的になさけないというか、みっともない。そこで、青色LEDを買ってきて、ぜんぶブルーにしちゃった。このくらいしないと、腹の虫がおさまらなかったのである。(^^ゞ

SnS11.jpg

 ついでに、主力機『震電』と支援機『鷙悍』のそろい踏み(^^)
『鷙悍』の武骨さがグッドなのである

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2004.06.26

intelまたしても!

 IT Media Newsの記事から。

 intelがまたしても大失態をやらかしたらしい。『「ICH6」シリーズに不具合確認。マザーボードを店頭から回収』とのこと。これは先週フライング発売になったグランスデール搭載マザボのことだ。

 4~5年前のカッパーマイン立ちあげのときだっけ? あのときも820チップセットの不具合で回収騒ぎを起こしたけど、今回も同じような事態になる可能性が大。前回はその影響でRIMMが売れなくなって、結局DDR陣営が勝利をおさめたっていう結果になったもの。高いRIMMなんか買わされるのはごめんだから、あれはあれでラッキーだったわけだが、今回はPCI ExpressとDDR2が絡んでるからな~。すこし行方が心配。

 ま、またAMDは漁夫の利だけどね。(^^)

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2004.06.25

PCはケースが命

 人形は顔、ひこーきプラモはキャノピーまわりということで。

「パーツ館なんだから、そろそろパーツの話もしないと」と、思っていたところ、某所でケースの開腹の話が出たので、さっそくこれに便乗する。

 実際、ケースは数あるパーツのなかでも、存在感が大きいものと思うのだ。なにしろ、毎日顔をあわせ、あるいは音を聞いているわけだし、なにかというと、すぐ開腹する必要もある。外見のデザインとか、重さまでふくめて、チェックするところは多いし、好みももろに出る。
 だから、いいケースにめぐりあうと、それだけでつくったPCが気に入ってしまったりするのである。

 最近では『鷙悍』がいい例だ。このmicroATXマシンには、In Win「IW-V552/WOPS」を選んだのだが、これが大正解。デザインは地味ながら、質実剛健なつくりと高い操作性はとてもmicroATXと思えないほど。いや、後述するフリーウェイのでっかいケースより、操作性ははっきり上だった。しかも、通常のATX電源が使えるから、あまってる電源も将来にわたって使える。通気性も抜群。スチールながらmicroATXだから、比較的に軽いし、あらを探しても悪いところ、不満なところが見つからない。このシリーズははっきりオススメである。

 反対に、『鷙悍』の前に組んだ現・主力機の『震電』に使ったケースは、惚れこんで買ったのにさんざんなつくりで、思わず「金返せ」といいたくなるしろものだった(つづく)。

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SS1のフライト・レポート

 MycomのPC関係ニュース・サイト「PCweb」に、『高度100キロ達成、民間の知恵がつめ込まれた「SpaceShipOne」』という現地レポートが載っていた。ここはスタッフにSS1・ファンからいるらしく、以前からこの計画についてよくニュースを流していたのだが、今回は現地に乗りこんでの体験レポートで、相いかわらずどこよりもくわしく、かつ情熱的にあつかっている。

 とにかく、記者はWKとSS1にしか興味がないらしい。写真のキャプションで、ひこーきにくわしければ「追跡機」とは書かないもの。(^^ゞ さらに、「SS1に似たプロペラ機」って、ルータン設計のビーチ2000スターシップ1なんですけど。(^_^; ま、このへんはご愛敬。

 ただ、これを読むとモハベ砂漠がこの計画のために選ばれた実験地みたいにとれるけど、実際はここ、ひこーきおたくのメッカなのである。ルータンも60年代からここに会社をかまえていたはずだし、スケールド・コンポジッツは当時その会社の「お隣りさん」だったことから、それが縁でいっしょに仕事をするようになったと記憶している。

 さて、これまでSS1単体の写真を載せていなかったので、こんなのを見つけてきた。スケールド・コンポジッツが去年公開していた写真のひとつで、WKとSS1の大きさが比較できる。

ssone01.jpg

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2004.06.24

キャッツよ、虎へ!

 きのうの『科特隊、宇宙へ!』から『GUTSよ、宙へ!』(ガッツよ、そらへ!)を思いだし、それを頭んなかでシャッフルしていくうち、なぜかこーいうタイトルになってしまった。これじゃISSHさんの世界だ。ISSHさんスマソ。

 チェリオのブログをのぞいたら、SS1の写真が大量に貼ってあったので、私も負けじと(違)、けさはストックしてあるやつから、ホワイト・ナイトがはじめてSS1を抱いてフライトしたときの写真を2点。下の風力発電システムとのコラボが、ルータンのお気に入りみたいだ。

Carry10.jpg

Carry11.jpg

 この角度から見ると、ホワイト・ナイトとSS1の機首・本体が同一設計だとよくわかる。これは予算削減のためだそうだ。江藤さんから教えてもらった情報。

 さて、きのう、読売から1週間遅れで掲載紙が送られてきた。取材が掲載前日の夜だったんで、てっきり埋め草だと思っていたら、4段ぬきのメイン記事じゃないの。しかも、これまで発行部数を公表しなかった早川から、ついに実部数を聞きだして。西田さん、よくやった。あと、同封してあった絵はがきもナイス。そのまま大企業のカラーに染まらずに仕事をつつければ、きっといいジャーナリストになるよ。がんばれ、西田。(^^)

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2004.06.23

Re2:291、295巻あとがきより

 なるほど、時事が「ジッツ」と配信し、共同その他が「ジット」らしい。

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Re:291、295巻あとがきより

 江藤さんにはまだ掲載した本もお渡ししていないし、直接お礼もいっていないのだった。(^_^; 秘密結社でお会いするチャンスがなかなかなくて。(^^;;;

 もうひとつ。291執筆時点で、版元の担当者と社名の表記をどうしようかという話になったのを思いだした。私は読んだまま「スケールド・コンポジッツ」と書いていたのだが、日本語で表記する場合、「コンポジット」と単数になるんじゃないかと指摘されたのである。これは一理ある。そういう例が多いから。結局、「読みはこっちが正しいんだから」という理由で「ジッツ」にしたのだが、今回の報道で見ていたら、朝日以外はやっぱり「コンポジット」が多い。

 こーいうのはやっぱり発音どおりのほうがいいと思うぞ。わけわかんないタテマエというか因習はやめてさ。

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291、295巻あとがきより

 以下、291巻。

 久しぶりにおもしろい飛行機を見つけた。といっても、サイト上でだが。
 スケールド・コンポジッツというアメリカの会社が開発しているスペースプレーンの母機『ホワイト・ナイト』(ナイトは騎士のほう)と、宇宙船本体『スペースシップ・ワン』である。
 ホワイト・ナイトはスペースシップ・ワンをぶらさげて成層圏まであがり、スペースシップ・ワンはそこから弾道軌道を描いて高度百キロメートルまで達したあと、滑空して地上にもどるという。いってみれば、一九八〇年後半から九〇年代初頭にかけて、欧米や日本で国家プロジェクトとして発表された次世代スペース・シャトルを、すこしチープにしたものと考えていいだろう。それでも、民間人が手軽に(といえるかどうかはわからないが)ヴォストーク1のガガーリン気分を体験できるわけだ。

(略)

 まず、母機のホワイト・ナイトはT型尾翼の直線翼グライダーを二機ならべ、接点になる中央部にもうひとつ短胴でずんぐりした主胴体をくっつけて、その上部に肩持式にターボファン・エンジンを二基乗せた……というような構成。ふつうに考えれば不恰好な飛行機になりそうなものだが、これが微妙に美しい。未来的という感じでもなく、むしろXB70のような▼ロスト・フューチャー▲路線に近いにもかかわらず、とても優美なのである。
 スペースシップワンも負けず劣らず異様な外見を持っている。母機と同一デザインの胴体に、ごく短い肩翼式の主翼。その翼端からはじまる、なんとも形容しがたい垂直尾翼、それに付属する水平尾翼……これは全体でフォールドアップ・デザイン・ウイングと呼ばれ、大気圏に再突入するさい、機体を安定させるための特殊構造だそうである。母機にくらべるとずいぶん武骨で、スペースシャトルや一連のリフティング・ボディ機とはかなり違うフォルムなのだが、それでもやはり、どこから見ても宇宙往還機なのだ。
 まだスペースシップ・ワンは初飛行しておらず、二機がドッキングして飛ぶさまは想像するほかないが、きっと『サンダーバード』のプロデューサー、ゲーリー・アンダーソンの世界そのものになるにちがいないと思っている。

(略)

 以下、295巻。

 では、二九一巻のつづき。飛行機の話である。スケールド・コンポジッツ社のサイトによると、スペースシップ・ワンを搭載したホワイト・ナイトは、五月二十日にぶじ初飛行して、八月末までに合計三度のテストをこなし、SS1単独の飛行にも成功したようだ。アップされた写真を見ると、やはり▼微妙に優美▲という感じで、さっそくビーチ・スターシップ1といっしょに飛行しているシーンを、ディスプレイに飾ることにした。それまで貼りつけてあったF22より、数段美しい。
 この飛行機についてひとつ補足しておくと、プロジェクト・リーダーは同社の創設者兼チーフ・エンジニアであるバート・ルータン氏である。一九八六年、無着陸・無給油での世界一周飛行に成功した『ボイジャー』の設計者として、ご存じの方もいるかもしれない。ボイジャーももちろん、同社の▼作品▲で、WKとSS1もこうしたユニークな設計思想の延長線上にある。ちなみに、前述のビーチ2000スターシップ1というビジネス機も、ルータン氏の設計がもとになっており、個人的にはこれが世界一美しい飛行機かもしれないと思っている。
 最近は開発費が高騰したのと、コンピュータによるシミュレーション技術が発達したのとで、一九五〇年代みたいに「とりあえず飛行機をつくって、飛ばしてみる」ということがほとんどない。そのため、実際につくられるのはどれも無難な外見で、魅力的な飛行機があまりなくなってしまった。

(略)

 そうやって欲求不満がつのっていたなかで見つけたWKとSS1は、当分のあいだお気に入りになりそうだ。
 以上、WKとSS1に関する情報では、航空宇宙評論家の江藤巌さんにいろいろお世話になった……というより、原稿チェックまでしていただいた。この場を借りてお礼申しあげます。

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SS1、宇宙へ

『科特隊、宇宙へ』のパクリしゃありません……って、まんまだけど。(^_^;)

 以前、ろーだんのあとがきでも紹介した、バート・ルータンひきいるスケールド・コンポジッツ社の宇宙往還システムが、史上初の民間による初の有人宇宙飛行に成功した

 日本じゃあんまり騒がれないけど、この「民間」ってとこが歴史的大ニュースなんだよね。日本人は「ビッグプロジェクトは国家がやるもの」くらいに思ってるから、このニュースのどこがすごいかも理解できない。日本がこれからも「おだやかな死」の道をずっと進んでいく理由のひとつには、こーいう「理解力のなさ」もあると思うんだけど、それはまたべつのお話。これまでぜんぜん相手にしなかった新聞社なんかもいっせいにとりあげたんだから、よしとしなければ。ちなみに、「民間初」を強調していたので、記事のリンクは朝日にした。この部分はポイント高い。

 今回は往還機がついに目標の高度100kmに到達したということで、往還機スペースシップワン(SpaceshipOne=SS1)がクローズアップされてるけど、じつは母機であるホワイトナイト(White Knight=WK)のほうが、いかにもルータン好みの美しい美しいひこーきなのである。

nen03.jpg
 (c)Scaled Composites "Captive Carry With Starship"

 これは私がこの1年ほど、デスクトップに貼っている写真。後ろを飛んでるビーチ・スターシップ2000とのバランスもばっちり。いいでしょう? 名前からしてセンスが違うね。前述のろーだんのあとがきでも書いたけど、『キャプテン・スカーレット』のエンジェル機とか、『謎の円盤UFO』のスカイダイバー&スカイワンって感じ。

 このあとがきは、あとで編集してアップしておく。

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2004.06.22

鷙悍

 読みは「しかん」または「しっかん」。「鷙」は訓読みでは「あらどり」で、ハヤブサやタカなど、小型の猛禽類のこと。

 ふつう「鷙」の字は「鷙鳥」(しちょう)という熟語でしか使われないようで、こっちはいっぱい用例がある。たしか孫子の兵法あたりにも。でも、鷙悍は歴博(国立歴史民俗博物館)ではじめて見た。

 この言葉を最初に使ったと思われる文献は、幕末に関東一円を管轄していた幕吏、羽倉外記(はくら げき)が記した『赤城録』(せきじょうろく)。この羽倉さん、幕吏でありながら、赤城周辺で活躍していた国定忠治を非常に高く評価していて(なんでも、はじめて任地である赤城にはいったら、こそ泥ひとりいないくらい治安が万全なのでびっくりして、その理由を調べるうち、国定忠治がにらみをきかせているからとわかって、尊敬するようになったらしい)、幕吏をやめてから忠治の一代記『赤城録』を書いて、これがのちの忠治もののタネ本になったとのこと……こういうと、おかしな幕吏を思いうかべるかもしれないが、とんでもない。名前をネットで検索すればわかるが、博学の高級官僚で「改革派三兄弟」などとも呼ばれた団子の先祖みたいな人(違)。幕末の代表的官僚なのだ。

 で、その外記が『赤城録』のなかで、忠治のパトロンになる「菊池とく」という人の人物像を「もと娼妓、鷙悍をもって愛さる」と、表現しているのである。

 鷙悍は字義だけで見れば「ハヤブサやタカのように精悍なようす」となるわけだが、「~をもって愛さる」というと、どうもこの意味だけではなさそう。ということで、「菊池とく」について調べると……って、歴博のパンフのうけうりなんだけど。(^^ゞ

 とくは1815年、有馬村(現:渋川市)の生まれで、1837年に五目牛村(赤堀町)の富農、千代松の月雇いの奉公人になり、その3年後には女房(妾)に。さらにその1年後、千代松が死ぬと、こんどはその弟に家督を譲って、自分は甥を養子に迎え分家をかまえたという女傑。群馬のこのあたりは養蚕がさかんで、農家も裕福だったところから、とくも小百姓の生まれながらインテリで、しかも目先がきいて行動が早い……そういう人物だったらしい。このへん、資料を引用すると……

「いずれにせよ、読み書き算用に長じたやり手のインテリ女性であり、明治にはいると村いちばんの分限になりあがった……同時に、極悪人忠治を追慕し、後年の忠治伝承の基礎をつくりあげた烈女でもあった」

 外記はこうした人格にほれこみ、「鷙悍をもって~」と讃えたのだ。つまり「小型ながら猛禽類みたいに精悍で賢明、機を見るに敏で行動力に長けた」存在という意味で……とにかく、私はそう解釈した。なお、「愛さる」は人望があついという意味。

 さて、外記はこういう思いをこめて鷙悍と表現したのだが、その後これはとくのニックネームになり、たとえば忠治の講談本などではかならず「鷙悍のおとく」と表現されるようになって、鷙悍の「ハヤブサやタカのように精悍なようす」の意味だけがひとり歩きするようになったらしい。
 この『赤城録』を精読したとおぼしき幸田露伴はそのいい例で、露伴はとくではなく、侠客全体を表現する言葉と解釈している。ま、字面からすると、こっちのほうが自然ではあるんだけど。

 蛇足。最初に外記が鷙悍という言葉を「最初に使ったと思われる」としたが、もしかすると、化政期の黄表紙などの戯作本では、わりと頻繁に使われていた表現なのかもしれない。とにかく、この外記さん、幕府のやり手エリート官僚といわれながら忠治にほれこみ、引退後にその評伝を書いちゃうような人だから、当時の大衆小説である戯作本なんかをこよなく愛していて、その(ある意味)刺激的な表現を好んで使用した可能性は高いと思う。というか、だったらおもしろい。

 蛇足の蛇足。こういうむずかしい熟語をPCの名前にしちゃうという点については、われながらすこしおかしい気もするが、なにしろAthlonXP2000+を搭載したmicroATXマシンなのだ。「小型ながら猛禽類みたいに精悍で賢明、機を見るに敏で行動力に長けた」というは本機にぴったりだと思っちゃったんだから、しかたがない。おいおい書いていくけど、他のマシンの名前もものものしいし。(^^)

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2004.06.21

秘密結社

 ほんとは秘密でもなんでもなく、「日本SFファングループ連合会議」にも登録している(らしい)SFファンの集まりなのだが、詳細を書きだすとものすごく長くなるのと、メンバーの片山丼が自分のブログで「秘密結社」と呼んでいるため、統一したほうがわかりやすいと思って、ここではこの名前を使うことにした。スタートしたのは私が18歳のときだから、もうそろそろ設立30周年を迎えてしまうのだ。

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『鷙悍』始動!

 今年、PC関係の出来ごとで、個人的にいちばんうれしかったのは、5月下旬に通算5機めの自作マシンになる『鷙悍(しかん)』が完成して、数年来の課題だったPC4機態勢がととのったことだ。4機とは、主力機『震電』、支援機の『鷙悍』、退避用のノート『メビウスくん』、非常用でふだんは妻のメインマシンになる『バート09』である。

 なかでも、鷙悍は支援機ということもあって、

 1.なるべく予算をかけない
 2.あまりパーツや予備パーツをよせあつめて組む
 3.はじめてMicroATXマシンに挑戦

 というコンセプトで計画した。これって、けっこうハードルが高いんで、完成したときはうれしかったな~。(^^)
 主力機はハイスペックで動いてあたり前なんだけど、支援機はどこまでパフォーマンスをひきだせるか、組んでみないと予測がたたないわけで。結局、新規パーツはIn-Win製ケースとマザボだけ、15k円くらいですんだ。これもうれしかった理由のひとつ。メモリとか、あまっているパーツをほぼ使えたから。ま、メモリはSIMMとか、思いっきり古いのがのこったりしてますが。(^^)

 さて、完成した鷙悍のスペックとパフォーマンスは次のとおり。

★ ★ ★  HDBENCH Ver 3.40 beta 6 (C)EP82改/かず ★ ★ ★
M/B Name   ASUS A7V8X-MX SE   
Processor   AMD Athlon 1659.52MHz[AuthenticAMD family 6 model 6 step 2]
Cache       L1_D:[64K]  L1_I:[64K]  L2:[256K]
Name String AMD Athlon(tm) XP 2000+ 
VideoCard   NVIDIA GeForce FX 5200 
Resolution  1152x864 (32Bit color) 
Memory      523,348 KByte 
OS          Windows Me 4.90 (Build: 3000)   
Date        2004/05/16  18:39 

HDC = VIA Bus Master PCI IDE Controller
HDC = Primary IDE controller (dual fifo)
HDC = Secondary IDE controller (dual fifo)

A = GENERIC NEC  FLOPPY DISK   
CDEF = GENERIC IDE  DISK TYPE47   
Q =   DVD/CDRW RW9200  Rev 1.30

   ALL  Integer   Float  MemoryR MemoryW MemoryRW  DirectDraw
26410    66991   80924    21194   31221    34797          49

Rectangle   Text Ellipse  BitBlt    Read   Write   RRead  RWrite  Drive
    33326  23947   10055     128   32989   28877   10720    8659  C:\100MB

N-Bench3  計測不能(only XP)
Super PI  1分16秒
3D Mark 03 644
FF Bench  3064

 この構成だったら、このくらいのパフォーマンスで充分でしょう。OSがMeだから、これでもめちゃめちゃ体感速度が速い!

 これ、OSがMeというのもツボ。巷間さんざんな評価のMeだけど、私とは異常に相性がいいのだ。今回も、使用したHDDにはもともとMeがインストールしてあって、だめもとで起動してみたら、なんとほぼ正常に動いてしまった(もちろん、マザボのコントローラーなどドライバ類は更新したけど)という堅牢さ!

 Meを使いつづられるという意味でも、鷙悍は私にとっていいマシンなのである。

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2004.06.20

グランスデールでもだめみたい(^^)

 アキバblogより。

 きのうから秋葉でintelの新チップセット搭載マザーがフライング販売がはじまったみたいだけど、このチップセット、開発コード名グランスデールとプレスコットの組みあわせでも、Athlon FX53には太刀打ちできないらしい。
「INTEL新型チップセット925X、915は期待はずれ。速くない。」という記事より。

 intel製品はもうずいぶん使ってないし、今後も使う予定はないから、個人的にはどうでもいいんだけど、ライヴァル(笑)がこうやって失点をつづけると、すこし気の毒になってくる。いや、intelがじゃなくて、なんだかんだいってintel製品を使わされるユーザーが。

 みんな、AMDにくるだよ。こっちの水は甘……くもないけど。(^^)

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羽生時代はいつだったのか?

 羽生時代というのは、いつはじまって、いつまでだったのか?

 過去、○○時代と個人名がついたのは、中原永世十段、その前の大山十五世、さらにその前に大山・升田(実力制第四第名人)の3回だけだと思う。もうひと時代前には、木村時代(十四世名人)というのがあったかもしれないけど、せいぜいそこまで。

 この3、4例に共通しているのは、当該棋士たちが名人・竜王(当時は九段位、十段位)をふくむ、当時のタイトルの過半数を保持していたということだ。逆に、たとえば米長永世棋聖は一時、過半数にあたる4冠を保持していたことがあったけど、名人をふくまなかったためか「米長時代」という言葉はついに使われなかった。

 これを羽生くんにあてはめると、93年末に竜王を奪回して5冠に返り咲いたあたりから「時代」がはじまって、翌94年7月に棋聖をとったあたり、いわゆる「7冠フィーバー」が騒がれだしたころから、96年3月ついに7冠を達成したころまでが最盛期。その後は7月、三浦五段に棋聖をとられて翳りが見えはじめ、最後は12月に谷川九段が竜王をとりもどしておしまい……と、この時期が相当する。

 長く見積もっても94年1月くらいから96年末までのほぼ3年間か。意外に短い感じ。

 このあとも、7冠のイメージが強すぎて、印象的には羽生時代がつづいていると錯覚しがちだけど、翌年5月には名人も谷川竜王に奪われて、そのあとこの2冠をあわせ持ったのは去年の6~12月だけなんだよね。でも、このあいだは一時的に谷川王位との対戦成績が2勝10敗かな? そのくらい大差がついていたし、王座戦も渡辺くんに翻弄されてた感じで、むしろ弱いって印象しかなかったりするわけで。(^_^;

 いずれにしても、羽生時代はもう10年も前の話で、終わってからもずいぶんたっていると思うのだ。それをいままた話題にするというのは、かえって棋界に話題がないと宣伝しているようで、とても歯がゆかったりするわけでありますよ。>将棋マスコミのみなさん

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2004.06.19

夏風邪がなおらない(;_;)

 きょうは秘密結社の例会日なのに、夏風邪がなおらなくて欠席を余儀なくされてしまった。(T^T) 4、5月と忙しくて行けなかったし、秘密の注文「ザクII マスターグレード版」がようやく完成したんで、持っていきたかったんだけど。しくしく。

 今年の夏風邪はどうもきついらしい。仲間うちでも、数週間なおらないという人が複数いるみたいだし、とーこちゃんの会社関係も同様。ちなみに、とーこちゃんにも今週、うつしてしまった。きのうは会社を休むほどひどくなっちゃった。ほんと、申しわけないっす。m(_ _)m

 私がひいたのは先週の月曜か火曜(6月7~8日)。すごく蒸し暑くって、エアコンをドライ運転しているうちに、ぞくぞくしてきてそのまま風邪モードに突入。以来、喉が痛いのと、痰がからむだけなんだけど、それがほかにも影響をおよぼして体調絶不調状態がもう10日もつづいている。風邪でこんなにひどくなったのは、すごく久しぶり。10年ぶりくらい? とにかく、つらいっすぅ~。(;_;)(;_;)

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きょうの京都11Rいいね!

 特別優秀戦、すごかったね~。(^^) えーと、朱雀賞だっけ?

 レースを壊した^H^Hおもしろくしたのは8番車の三宅(達)。稲垣に迫ってって、とりきれないとなったら、なんと村上と番手勝負! 村上が番手で勝負にいったのもびっくりしたけど。はじめて見たかもしんない。

 こういう展開なら佐々木が断然有利かと思ったら、最終BSで目を疑う山幸の単騎捲り! その外から小野が捲って、さらにその外から小橋か~! 単騎の小橋が1着まできちゃうか~!! 単騎のワンツー!

 いやいや、実力ですね。現在の力量でこのレースみたいに全員がほとんど自力みたいになっちゃうと、強い者順になっていくと。

 いやほんとにおもしろかったです。これでとってれば文句ないんですけど。(^_^;

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将棋のタイトル

 2004年6月現在、将棋界は棋士(男性棋士)が約150名、女流棋士が約50名からなる。ほかに「引退棋士」その他がいるけれど、いわゆるトーナメント・プロという位置づけはこの200名ほど。

 このうち、棋士には「タイトル戦」が7つ、「優勝棋戦」が5つ、非公式戦の「優勝棋戦」が1つある。

 タイトル戦およびタイトルホルダーは以下のとおり。賞金総額などにより、このとおり序列も決まっている。( )内は主催社。

1.名人 森内俊之 (毎日)
1.竜王 森内俊之 (読売)
3.棋聖 佐藤康光 (産経)
4.王位 谷川浩司 (三社連合)
5.王座 羽生善治 (日経)
6.棋王 谷川浩司 (共同通信)
7.王将 森内俊之 (スポニチ、毎日)

 1がふたつあるのは、両方とも序列1位としているため。賞金は竜王のほうが多いが、名人位というのは順位戦という全棋士の序列を決める棋戦の頂点に位置しているのと、(形式は変わったけれど)江戸時代からつづく最高権威という意味づけもあって、日将連ではかなり曖昧に(というか、読売の例によって札束で横っ面をひっぱたくやり方に苦労しながら)、形式的・名目的には竜王が序列1位ながら、実質は名人が1位みたいな位置づけにしている。私はもちろん名人位がトップだと思っているから、竜王は実質序列2位としてあつかう。

 これに名人位=7点、王将位=1点と点をつけて、各タイトルホルダーごとにランクをつけると、森内、谷川、佐藤康、羽生の順になり、これが現在のトップ棋士の序列になる。この序列の上位4名が棋界を代表する顔となって、日将連が公式に発行する「段位免状」の連名認定者になったりする。具体的には、この順番に免状に署名していくわけである。

 免状を発行してもらう立場のアマチュアは、上位4名が自分のひいきの棋士になった瞬間を狙って免状申請をしたりして(いってみれば、4人ぶんのサインが自動的にもらえるわけ)一喜一憂する場合もある。私も、免状が申請できる状況になったとき、序列1位に大好きな谷川先生がくるのを待っていて、結局羽生くんに7冠をさらわれ、なさけない免状になってしまったという経歴をもつ。(;_;) ちなみに、ただの初段だけどね。

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羽生時代は終わったのか?

 すこし短く書くようにしなければ。(^^;
 説明はキーワードにわければいいんだよね。(^^;

 6月の大きなニュースのひとつに、森内俊之竜王・王将が羽生善治名人・王座から名人位を奪還して、ついに3冠になったというのがあった。

 ま、森内くんは自身初の3冠、しかも名竜あわせもったわけだし、羽生くんはついに王座の1冠だけになったんだから、大きなニュースではある。でも、これに対するマスコミの反応がよくわかんない。将棋にいちばん友好的な(と、私が思う)毎日新聞にしてから、「ニュースそうだったのか:3強並立、将棋戦国時代」という記事で「羽生時代が終わった」みたいな書き方をしている。さらには、ほかでは「あの最強の羽生がなぜ負けるのか?」みたいなあつかいもとても多い。

 たしかに、羽生王座はかつて7冠を達成した唯一の棋士だし、強いのは当然なんだけど、いまさら「羽生時代」とか「最強棋士」とかいわれても、ぜんぜん実感がないのだ。

 なぜか?

 答え。羽生時代って、大昔の話だから。

 そこで、ほかの「○○時代」、大山時代や中原時代なんかとくらべた場合、羽生時代っていうのがいつからいつまでだったのか、考えてみた。(つづく)

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2004.06.18

男・松本整、引退(泣)

 でも、今年の宮杯はじつをいうと、ginoranどころじゃなかったのだ。注目の的だったのは、なんといっても中年の星・松本整の行動と去就だった。

 松本整は京都生まれの今年45歳。特別(GI)4回、特別記念(GIIふるさと)4回をふくめ、優勝61回を誇る大選手だ。ことに、40歳をすぎてから肉体を改造してGIを3回とり、「おじさんに夢と勇気を」の断幕に象徴される中年の星だった。それだけじゃない。40すぎの肉体改造成功ということで、京大だったか、大学のスポーツ科学施設と共同研究をやったり、それがNHKはじめ各マスコミにとりあげられたりと、そういう意味でも中年の星だったのだ。

 でも、それで天狗になったとは思いたくないけど、去年からやたらと競争での失格がかさなるようになりはじめた。いや、ちょっと違うな。昔から失格は多かったのだという。もともと、松本という選手はとびぬけた力があるわけじゃなくて、混戦のなかで実力を発揮するタイプなのだ。生粋のマーク屋ではなく、すぐ番手捲りをはなつのでも有名。これが失格の多い理由のひとつ。

 もうひとつ、松本が育てた同じ京都の村上義弘が「先行日本一」と呼ばれるまでに成長して、それまで指定席だった村上の番手が、ほかの一流マーク屋、たとえば小橋正義(新潟)や濱口高彰(岐阜)に狙われるようになり、結果的にこのマーク戦でごちゃついて反則失格、落車が多くなった……こういう理由もあった。

 さらにもうひとつ。あまり考えたくないけど、上記のように競輪以外のシーンでも脚光を浴びていたため、「出る杭は打たれる」的ジェラシーが業界のどこかで働いたのかもしれない。

 とにかく、去年のいまごろは、荒れたレースがつづいてしまった。7月の寛仁親王牌では3日め落車、4日め失格。これをはじめ、5~8月期に5回も失格をくりかえし、斡旋停止(事実上レースに出られないというペナルティ)3カ月の処分をうけてしまう。これは競輪選手の「競走得点」というポイント制度から見て、次の……つまり今年7月からのレースではA級1組に陥落することを意味する。それまではS級1組に所属するのだが、S1とA1では、待遇や出場可能なレースのグレードが天地ほど違うのだ。

 このペナルティは日自振(日本自転車振興会)により明文化された「規定」だからしかたがないものの、さらに選手会からプラス1カ月の「自粛要請」まであり、松本がいったんこれを蹴ったために、この冬は混沌とした状態がつづいていた。

 それだけに、今回6月の宮杯はA級陥落前の最後のGIということで、成績はもちろん、その去就や発言までふくめて、ものすごく注目していたのである。ふう。すんません。説明が長くなっちゃって。

 では、結果はどうだったかというと、初日特選は2着、二日め特別優秀戦マザーレイク・カップだけ9着と大敗したものの準決・決勝は1、1でなんと優勝! これは自身が持つ最年長GI優勝レコードを2歳更新する大記録! さすがは「おじさんに夢と勇気を」の中年の星! しかも、これだけの逆境に耐えて! いやー、泣けたね~。

 優勝後のインタビューでは「もっと競輪を愛してくれ、自分もできる範囲で輪界に貢献する」という趣旨の発言をしていたので、「よっしゃおっさん!! A級落ちてもすぐ特進でもどってきて、年末のグランプリではまた男の意地を見せつけてや!」と、ひそかに応援していたのに……今週の月曜日、いきなり引退を表明してしまった。
 いきなり……じゃ、ないか。それを心配して、今回の宮杯に注目してたわけだから、最後の最後で悪い予感が的中しちゃったということ。ビッグサプライズのあとのバッドニューズというわけ。しくしく。(;_;)

 本人、引退は半年くらい前から覚悟していたらしい。「心の師匠」である中野浩一氏にだけは、その線で相談していたそうだ。だけど、まだまだ超人ぶりを発揮できたかもしれないだけに、残念でしかたない。正直、松本のはいったレインボーカップ(A級の特進戦)っていうのをたのしみにしてただけになあ。

 松本選手、ほんまごくろうはんでした。今度、一段落したら、専門解説で日向町あたり……いや、全国区の特別でも、顔見せてください。荒木はんは暑苦しくて困るから。(^_^;

 なお、松本選手引退までの経緯については、Bank of Dream氏のサイト「公営競技はどこへ行く」の「特別レポート」にくわしい。まだ連載中だけど。

#じつをいうと、ブログを開設したのは、この話が書きたかったからだったりする。(^_^;

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2004.06.17

HDDが逝った?

 数日前から電源投入のさい、Boot-CDを入れろという表示が出るケースがあった。でも、適当にキーを押したり、リセットをかけたりすると、次はなにごともなく正常起動するので、週末にでも面倒をみようと放置していたら……ゆうべ8時半ごろ電源を投入したところ、まったく起動しなくなってしまった。Boot-CDを入れろというばかりで。

 ビープ音は正常だし、BIOSはここんとこいじってないし。でも、念のためチェックしてみると……ありゃ、HDDがない。(^_^;

 何度リセットかけても、認識してくれない。このマシンは組んでまだ1カ月半しかたってないのに、もうHDDが逝っちゃったんだろうか? ま、いくら1カ月半でも、逝くときは逝くわけで……でも、釈然としないな。すこし前までの挙動を見るかぎり、物理的破損は考えられないし、異音や読み書き不良といった前兆もなかった。マザボも正常、HDDも仮に正常だとすると……

 ためしに、電源を落として開腹し、HDDのケーブルを交換してみたら、なにごともなかったかのように正常起動。もちろん、HDDには異常なし。このケーブル、頑丈な帯型じゃなくて、スダレを束ねた通気性重視のやつで、しかも安かったからな~。しかたがないでしょうと考えながら、ふと思った。

 初心者がこういうケーブルやコネクタの接触不良みたいな単純不具合にぶちあたったら、どうなるだろう? 初心者だからメーカー製を使っているとして、サポセンに電話して「なにもしていないのに動かなくなった」っていうんだろうな。う~ん、サポセンってたいへんなんだと、あらためて認識。こーいうのを電話一本で解決するんだから、サポセンの人はすごく偉いにちがいない。
 なんちゃって。私もいまだからあっさり対処できるけど、これが5~6年前だったら、きっと大騒ぎになっていたはずだ。これまで人柱でさんざん痛い目にあってきたが、それもすこしは役にたっているようである。

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ginoranとの出会い

 出会いといっても、たいしたことはないんだけど。

 私はふだん、仕事中にSPEEDチャンネルをほぼつけっぱなしにしている。CSの競輪専門チャンネルだ。大きい開催がないときはFIでもFIIでもかけておく。レースはふつう30~40分に1本だから、気分転換にちょうどいいのだ。

 FI、FII開催の場合、見るのはたいていなじみ選手の多い南関か関東なのだが、去年5月のある日(ほかがやっていないので)大津びわこをかけていたところ、いきなりものすごくかわいい子が歌っているシーンが流れだした……それがginoranだった。

 あとで知ったのだが、『O-HA-YO』を気に入った大津びわこの関係者が、ginoranを4月からイメージアーティストとして起用したとのこと。だけど、当時はginoranっていう名前しかわかんない。検索かけても、新聞記事がふたつと所属プロくらいしかひっかからないし、アマゾンでもCD売ってないし。

 それから半年はすごかったな。ginoranを聞きたいがために、ほかでGIIIが開催されてても、大津びわこの放送があるときはこっちを優先してたんだから。(^_^; もちろん、いまはシングル2枚とも入手できたけど、とにかくginoranを見よう、聞こうと思ったら、大津びわこ競輪だけがたよりだったのである(爆)。

 というわけで、今月2ndシングルが発売されたのも、じつは競輪と関係があるかもしれなかったりする。

 ふつう、イメージキャラクターというのは半年とか1年で変わるものだと思うが、ginoranはいまもつづけているのですね~。どうもスタッフの大半にものすごく気に入られているみたいで。専門解説者のコーヤンこと尾池孝介氏も、何度かライブに行ったっていってたし。ま、あれだけ素直で性格がよければ当然か。

 で、6月の大津びわこといえば、宮杯ことGI高松宮記念杯。今年は5日から8日までの開催。この4日間、特設ステージで毎日ginoranのミニライブがあったのだ。そこで、この時期にあわせて新曲を出せば、当然売上にもいい影響が出るのではないか……私みたいに速攻で2枚買っちゃう人間もいるわけだし……そういう作戦もあったんじゃないかと思うのである。

 なお、このときのミニライブについては、ginoranのオフィシャル・サイトで本人の書いているコメントがおもしろい。そーかー、おっさんとかけあいやるのか~。もしかして、おっさんに人気があるのかもね。私も充分におっさんだし。

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2004.06.16

ginoran

 6月はほんとにいろんなことがあって、それで以前から考えていたブログを立ちあげることにしたのだけれど、実際に書くとなると、話題が多すぎて、どれからはじめるか悩みがつきない……って、それほど大げさな悩みじゃありませんが。

 で、軽いところからひとつずつかたづけていく。

 まずginoran

 ginoran を知っている人はほとんどいないはずである。とってもマイナーな歌姫なのだ。とにかく、活動は関西オンリー。それも、学園祭なんかでのミニライブ限定。2002年10月にデビュー・シングル『O-HA-YO』を出したきり、ほとんど話題にもならない22歳(笑)。

 でも、こんな一面ももっていて、最近は関東にも進出をたくらんでいるらしい。

 このginoranの歌がいいんだよね、これが。最初は『O-HA-YO』を聞いてクセになっちゃったんだけど、カプリング曲の『らくがき』というのがまた甘くせつないバラードといいますか、とても心にしみいるのだ。

 くりかえし使われるキーになるフレーズ、『O-HA-YO』の「おはよう」と『らくがき』の「ありがと」。

 この日本語の基本みたいな言葉がとてもさわやかかつ印象的なのである。

 ここ10年でこれほどのめりこんだのは、SPEEDの『My graduation』以来だな、たぶん。あ、BoAも好きです。アルバムぜんぶ持ってます(苦)。

 さて、そのginoranが6月2日、久しぶりに2ndシングルを出した。『この夏を忘れない。』という曲。こんどのキーフレーズは「忘れない」。ほんとにいいんだ。

 アマゾンでも購入できるから、よかったらどうぞ。『O-HA-YO』もいっしょに買えば、送料無料になるし。

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ナンダカナン

ナンダカナンはインド東部、オリッサ州はブバネシュワール郊外に実在する公園の名前。正式には「ナンダカンナン」だけど、ナンダカナンのほうがいいやすい。それに、動物園、植物園、池などが一体になった総合リゾート施設といったところだが、なぜか入口にコンクリート製の恐竜……というより怪獣の巨大像があったりして、まことにナンダカナンな施設なのである。
そこで、東洋亭では「なんだかわかんない事象・人物・表現」などをナンダカナンと称している。

nanda.jpg

ナンダカナンの怪獣。ナンダカナン

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2004.06.15

初書きこみがこれかよ(;_;)

 記念すべき初書きこみだから、なにを書こうかと、いろいろ考えてたんだけど……
 いま、読売新聞から電話があった。たぶん文化部あたり。西田さんというキャリア1、2年っぽい記者。ろーだんの300巻だかハンドブックだかを書評で載せるそうで、コメントがほしいという。
 でも、コメントとかいいながら、よく話を聞くと、ハンドブックに書いてあることをそのまま載せるっていう許諾要請ではないの。その程度の引用だったら、許諾は必要ありませんって。それに、ほかの話もそうだけど、私じゃなくて早川にすべき内容でしょ。
 そして……
 西田さんはおずおずとルーキーっぽい話し方で用件をぜんぶ(たぶんね)すませたあと、ほっとしたのか、こんなことをいいだした……

「ハンドブック読んだら、ろーだんのことぜ~んぶわかりました~」

 お世辞のつもりかもしんないけど、ぜんぶなんか、わかるわけないって。かれこれ34年ぶんだぞ。お嬢ちゃんが生まれる前からつづいてるんだぞ。分量考えなさいって。(--;

「もっと年配の方を想像してました~」

 軽くてすいませんね~。もうすぐ47歳だけど、こーいうしゃべり方なんだよ。凸(--;

 読売、紙面だけじゃなくて、記者もナンダカナンだな。

 でも、西田さんを責めるわけにはいかない。私もキャリア1、2年のライター駆けだし時代はそんなもんだったから。ただ、そのしろうとくさいしゃべり方だけはやめたほうがいいと思うよ。社会人なんだからさ。

 ちなみに、あした、水曜日の夕刊に載るそうである。(--;

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