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2004.06.22

鷙悍

 読みは「しかん」または「しっかん」。「鷙」は訓読みでは「あらどり」で、ハヤブサやタカなど、小型の猛禽類のこと。

 ふつう「鷙」の字は「鷙鳥」(しちょう)という熟語でしか使われないようで、こっちはいっぱい用例がある。たしか孫子の兵法あたりにも。でも、鷙悍は歴博(国立歴史民俗博物館)ではじめて見た。

 この言葉を最初に使ったと思われる文献は、幕末に関東一円を管轄していた幕吏、羽倉外記(はくら げき)が記した『赤城録』(せきじょうろく)。この羽倉さん、幕吏でありながら、赤城周辺で活躍していた国定忠治を非常に高く評価していて(なんでも、はじめて任地である赤城にはいったら、こそ泥ひとりいないくらい治安が万全なのでびっくりして、その理由を調べるうち、国定忠治がにらみをきかせているからとわかって、尊敬するようになったらしい)、幕吏をやめてから忠治の一代記『赤城録』を書いて、これがのちの忠治もののタネ本になったとのこと……こういうと、おかしな幕吏を思いうかべるかもしれないが、とんでもない。名前をネットで検索すればわかるが、博学の高級官僚で「改革派三兄弟」などとも呼ばれた団子の先祖みたいな人(違)。幕末の代表的官僚なのだ。

 で、その外記が『赤城録』のなかで、忠治のパトロンになる「菊池とく」という人の人物像を「もと娼妓、鷙悍をもって愛さる」と、表現しているのである。

 鷙悍は字義だけで見れば「ハヤブサやタカのように精悍なようす」となるわけだが、「~をもって愛さる」というと、どうもこの意味だけではなさそう。ということで、「菊池とく」について調べると……って、歴博のパンフのうけうりなんだけど。(^^ゞ

 とくは1815年、有馬村(現:渋川市)の生まれで、1837年に五目牛村(赤堀町)の富農、千代松の月雇いの奉公人になり、その3年後には女房(妾)に。さらにその1年後、千代松が死ぬと、こんどはその弟に家督を譲って、自分は甥を養子に迎え分家をかまえたという女傑。群馬のこのあたりは養蚕がさかんで、農家も裕福だったところから、とくも小百姓の生まれながらインテリで、しかも目先がきいて行動が早い……そういう人物だったらしい。このへん、資料を引用すると……

「いずれにせよ、読み書き算用に長じたやり手のインテリ女性であり、明治にはいると村いちばんの分限になりあがった……同時に、極悪人忠治を追慕し、後年の忠治伝承の基礎をつくりあげた烈女でもあった」

 外記はこうした人格にほれこみ、「鷙悍をもって~」と讃えたのだ。つまり「小型ながら猛禽類みたいに精悍で賢明、機を見るに敏で行動力に長けた」存在という意味で……とにかく、私はそう解釈した。なお、「愛さる」は人望があついという意味。

 さて、外記はこういう思いをこめて鷙悍と表現したのだが、その後これはとくのニックネームになり、たとえば忠治の講談本などではかならず「鷙悍のおとく」と表現されるようになって、鷙悍の「ハヤブサやタカのように精悍なようす」の意味だけがひとり歩きするようになったらしい。
 この『赤城録』を精読したとおぼしき幸田露伴はそのいい例で、露伴はとくではなく、侠客全体を表現する言葉と解釈している。ま、字面からすると、こっちのほうが自然ではあるんだけど。

 蛇足。最初に外記が鷙悍という言葉を「最初に使ったと思われる」としたが、もしかすると、化政期の黄表紙などの戯作本では、わりと頻繁に使われていた表現なのかもしれない。とにかく、この外記さん、幕府のやり手エリート官僚といわれながら忠治にほれこみ、引退後にその評伝を書いちゃうような人だから、当時の大衆小説である戯作本なんかをこよなく愛していて、その(ある意味)刺激的な表現を好んで使用した可能性は高いと思う。というか、だったらおもしろい。

 蛇足の蛇足。こういうむずかしい熟語をPCの名前にしちゃうという点については、われながらすこしおかしい気もするが、なにしろAthlonXP2000+を搭載したmicroATXマシンなのだ。「小型ながら猛禽類みたいに精悍で賢明、機を見るに敏で行動力に長けた」というは本機にぴったりだと思っちゃったんだから、しかたがない。おいおい書いていくけど、他のマシンの名前もものものしいし。(^^)

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