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2004年7月

2004.07.31

魅惑の伊豆食いだおれ旅行6

 な~んだ。きょうもまだ7月じゃん……って、すごい幼稚ないいかただが。じゃ、きょうが締切日なのだ。あとちょっとだから、楽勝だね。

 キーボード交換は大正解で、久しぶりにストレスなくキーをたたける。でも、こいつのキートップ、刻印がことごとくおかしい。いちばんは「を」の字が拗促音と同じ大きさになってること。句読点や濁点もへんだし、アルファベットも書体からしてナンダカナン。これは1000円でも納得だな。

 さて、昼食のあとは腹ごなしにすぐ近くの松崎漁港に。そこで衝撃的な事実に気づく。

 以前は松崎はじめ、近隣の港をまわったあと、土肥、三津など経由で沼津までいく高速艇コバルトアローの定期便があったのだが、その営業所が封鎖されていたのである。これは大ショック。

 そーいえば、いつもにくらべて、なんかたりないと思っていたんだよね。あの美しい高速艇を一度も見ていなかったのか……ほんとにショック。

 この食いだおれコースは、行きは下田からはいるが、帰りはこの高速艇で沼津に出て、沼津や三島で最後の食いだおれをやらかしたのち、新幹線で帰郷というのが決まりだった。今回は沼津港魚市場の寿司屋で地魚の寿司をつまんだあと、三島の老舗の鰻店『桜屋』に行って、鰻重でシメという計画をたてていたのに……高速艇がないと、このコースは事実上不可能になる。修善寺まわりというコースはあるが、なにぶん時間がかかりすぎるから。

 急遽、ホテルにもどって聞いてみると、去年8月で営業を終えたとのこと。うーん。あの快速艇に乗るのも、松崎での楽しみのひとつだったのにな~。残念だけど、しかたない。そのかわり、下田から清水あたりまでテクノスーパーライナー運行がはじまってる
から、この航路が松崎にもくることを期待しよう。

 突然、コース変更を考える必要ができたのと、ホテルに帰ってきちゃったのとで、午後ののこりはホテルですごすことになる。いろいろ調べたけど、結局帰りも下田まわりが現実的ということで決着。あとは温泉にはいったりして時間をつぶし、松崎プリンス名物の日没をゆっくりと見て、夜はホテルのレストランでコース料理とワイン。でも、このディナーコース、感動つづきの地魚食いだおれとは、くらべものにならないレベルだったので割愛。

 翌最終日はホテルを早めに出発して、行きと同じバスで下田にもどった。ちょっとよりたいところがあったのだ。下田海中水族館。(^^) ここは結婚してすぐのころきて以来、15年ぶりだ。結果。昔とは一変していて、かなり洗練された感じになっていた。そこらじゅうにイルカもいたし、泳ぐカタクチイワシの大群というのもとってもうまそう(違)。水族館や動物園て、いくつになっても好きだなあ。来年は三津シーパラダイスに行こうかなと、この段階で決める。(^^) ここは最初、光瀬さんに教わっていった水族館だ。(^^)

 駅前にもどって、最後の食事は駅前の『天城』(サイト見あたらず)で。とーこちゃんは金目鯛の煮魚定食、私はイワシ刺定食(水族館でカタクチイワシを見て、火がついたらしい)、それにさざえの壺焼き。とーこちゃんがさざえの壺焼きを食べたくなった(水族館の売店で買い食いしたのがうまくて、火がついたらしい)というので、安直な選択だったけど、ここもたいへんにおいしゅうございました。

 以上で今年の食いだおれ旅行はおしまい。たらふく魚を食ったけど、埼玉のステップ地帯に住んでると、たまにこのくらい食わないと、禁断症状が出ちゃうんである。ちなみに、私は飲食業やってたうち、後半の2年間は居酒屋で鮮魚をあつかってたし、とーこちゃんは料理への関心から銀座の名店に勤めちゃったりしたくらいで、ともに魚にはすごくうるさいのであった。でも、今回は松翠はじめ新しい店もいくつか見つけたし、大満足でした。おしまい。

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2004.07.30

魅惑の伊豆食いだおれ旅行5

 本日、仕事の締切当日。(^_^;) ま、土日もあるから、なんとかなるけど。

 と、思っていたら、小トラブル発生。キーボードがいかれた。(^^;;; Enterキーやその周辺のキーが、かなり力を入れてたたかないと反応しなくなったのだ。

 予備はもちろん用意してあるけど、これはいままで6年間使ってきた、TowTop オリジナルのキーボード・シリーズじゃない(これは製造中止になったのか、ここ4カ月、ショップに行っても売ってない。安くていいキーボードだったのに~。しくしく)。悪名高いエレコムの、しかも店頭にさらしてあった超特価品だ。

 さいわい、わりと使用感はいいけど、しっくりなじむには、まだ時間がかかるだろう。ま、きのうまでのキーボードよりは生産性が上がることに期待。

 さて、これで前日昼から3食ぜんぶ地魚だが、食いだおれ oder 食いたおしはまだまだつづく。

 松崎2日めは、ぼんやり浜辺にいるか、また隣町の堂ヶ島にでも行って時間をつぶそうかなと考えていたのだが、とーこちゃんがいいアイデアを用意していた。ホテルでレンタサイクルを借りて、松崎をあらためてまわろうというのである。さっそくこの企画に乗って、岩科学校に行ってみる。

 ここは日本でも初期につくられた小学校のひとつだそうだが、ウリは入江長八の「鏝(こて)絵」。松崎の観光スポットの大半はこの長八がらみのものが多く、長八美術館というものまである。そうだな……松崎の一般的なセールスポイントは、長八と桜葉、なまこ壁といったところになるんだろうか。このあたりは松崎町のサイトに載ってるはず。そうだな~。サイトはこちらがおすすめ。

 長八ののこした作品は、これでぜんぶ見たと思うが、岩科学校の「裁縫室」という部屋の鏝絵……というか、デザインは、いちばん衝撃的だった。部屋にはいるなり、緑と赤の強烈な補色を印象的に使った床の間があり、ほか三方の欄間はしみるような群青。その群青の空に白い鶴が乱舞するという構図。緑から赤に向かう色調は、現実から非現実世界への飛翔をイメージさせて、その非現実世界の純粋な空に舞う千羽鶴は解放された魂か……というような妄想をひろげさせる、みごとな「作品」だった。写真がとれなかったのが残念だが、この作品は鏝絵自体ではなく、それを包含する「空間」そのものなので、これは自分で行って、体験してもらうしかない。明治初期につくられた異形の空間は、魅力たっぷりである。

 しかし、ここで小学生の、おそらくは女の子たちが、裁縫の授業をうけてたんだよな~。情緒は豊かになるだろうけど、感性がするどくなりすぎて、ひきつけとか起こす子はいなかった……んだよね、きっと。(^^ゞ

 そうか。くそ~。子供の視点で、しゃがんで見てみればよかった~。とーこちゃんはちゃっかりすわって見てたよな~。あのときは笑ったけど、あれが本来の視線の高さだったのかもしれない。相いかわらずとーこちゃんは偉いのだ。(^_^;)

 なお、長八については、非常に思い入れが強いので、後日またキーワードで紹介する予定。そもそも、最初に松崎に行ってみたのも、長八の作品が見たいからだったのだ。

 さて、つづいて松崎にくるといつもよる伊豆の長八美術館(リンクは上記とべつのサイト)をひとまわりしたあと、次はどこかと自転車でうろうろするうち、目にとまったのがフランボワーズというケーキ屋さん。なんのことはない。岩科学校も、このケーキ屋も、とーこちゃんが前から計画してあったコースだったらしい。ここのおすすめは、地元のニューサマーオレンジを使ったジュース。身をくりぬいた皮の部分を凍らせ、そのなかに氷とジュースがはいっているというもの。とーこちゃんはほかにもケーキを食べ、さらにおみやげのケーキ類を4000円近く買っていた。これも食いだおれ。

 もうひとつ、繭の博物館みたいなのを見てから、遅めのお昼にする。またも地魚。今回はじめて、港に近いところにある和食の店・松翠にはいってみる。注文したのは名物らしい地魚丼! これがまたすんごくうまかった~。(^^) なんか、ただ刺身ってだけじゃないのね、松崎のお店は。なんかしら、ちょっとした仕事をしてあるというか、工夫があるというか。全体にすごく高レベル。この店もまた行かないとな。こんどは夜にでも。

 というわけで、この時点で地魚4連発である。(つづく)

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2004.07.29

魅惑の伊豆食いだおれ旅行4

 バスでは大量の高校生が乗りあわせてきたりして、びっくりしたが、予定どおり夕方になる前、松崎に到着、さっそく松崎プリンスにチェックインした。あとで知ったが、これは県立下田北高校というところの生徒とのこと。わざわざ松崎やもっと遠くから通学するたけあって、かなりいい学校らしい。

 閑話休題。夜用のミネラルウォーターなどを買いととのえ、ひと風呂浴びたら、さっそく民芸茶房に出撃。時間は午後6時半くらいだが、このあたりは店も夜8時半くらいには閉まるので、たらふく飲み食いするには、そこから逆算しなければならないのだ。

 この店で魚を食うのが、この旅の主目的である。ギレンなら、さしずめ「あえていおう、民芸茶房こそ旅の根幹であると」と、いうにちがいない。ギレンが刺身を食うかどうかはわからないが。(^^)

 地魚の刺盛り4000円、あわび刺3000円をメインに、この日ばかりは生ビール飲み放題(ふだんは痛風のためセーブしている)。ほかにも、つきだしがわりに、うるめいわしの梅味噌あえとか、自家製きびなごの干物、わさびの茎の梅酢漬けなど、いろんなものを出してくれるのが、この店のいいところ。いまは名物ばあちゃんじゃなく、そのお孫さんらしきお兄ちゃんが店をきりもりしているが、最初に見た4年くらい前? はぜんぜん商売っけがなかったのに、その後だんだん腕をあげて、今回はみごとに仕事を仕切っていた。私も水商売を7年やってたので(いまの仕事もお水だけどさ(^_^;) )、若い人がこうして一人前になってくのを見ると、なぜかとてもうれしい。

 さて、このように、ここは魚料理を出す飲食店、ある意味で飲み屋である。なのに、なぜ「民芸」で「茶房」なのかというと、まず「民芸」は店の一隅にいわゆる民芸品が置かれているため。貝殻その他でつくったグッズなどのほか、達筆でユーモアたっぷりのばあちゃんお手製とおぼしき冊子や、ここだけのオリジナル絵ハガキなんかもある。
「茶房」のほうは、店の奥がカウンター席になっていて、ここにサイホンがならんでいるのを見ればわかる。つまり、磯料理を出すかたわら、コーヒーもウリのひとつになっているのだ。といっても、田舎にいくとよくある「なんでも出す店」と、この店とはちょっと違う。コーヒーもじつに本格的にうまいのである。

 私はここを見つけてまだ6~7年なのでよく知らないが、この店はもともと、豊崎ホテルの夕・朝食用スペースだったにちがいない。つまり、ラウンジ的に使われていたのだろう。それが、宿泊客以外にも料理やコーヒーを出すようになった……そう考えれば、この構成も納得できる。ほんとはぜんぜん違って、まず茶房があり、ホテルはあとからできたのかもしれないけど。(^_^;)

 たらふく飲み食いして、今回も大満足。これで1万円くらいなんだから、安いもの。そもそも、この店で魚を食いたいためだけに、交通費と宿泊代を費やしているわけだから、このくらいはあたり前。それどころじゃなく、じつは翌日の朝もホテルでは食べずに、茶房にやってきて、干物定食なんぞをいただいちゃった。これも食いだおれ旅行のいつものコースなのだった。(^^)v さいわい、朝は名物ばあちゃんがいて、挨拶したら、またイワシの梅肉あえをおまけしてくれた。(*^^*) ばあちゃん、いつまでも元気でね~。

 さて、これで前日昼から3食ぜんぶ地魚である。食いだおれはまだまだつづく。いま思いついたんたけど、これは食いだおれというより、食いたおしかも。(^^ゞ(つづく)

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2004.07.28

魅惑の伊豆食いだおれ旅行3

 下田・寝姿山を下りたら、いよいよ松崎に向かう。ここはなんというか、うちのふたりにとって、故郷みたいな町になっているのだ。

 うちはふたりとも、生まれた町に帰属意識というか、愛着がなくて、故郷とも思っていないフシがある。とーこちゃんにいたっては、インドはデカン高原のど真ん中、ドゥルグという町に、勝手に実家を設定したりしている。(^^) ラッカニー家といって、実際、ここに行くと「お帰り」といわれたりするんだけど(笑)、それはまたべつの話。

 いってみれば、ふたりとも故郷というものを重視していないわけだが、なのに不思議とこの松崎に行くと、故郷に帰ってきたような懐かしさをおぼえるのである。おちつける雰囲気とか、子供のころにあったような町なみとか(生活面でいえば、コンパクトながら必要充分なインフラがある。為念)、民芸茶房の名物ばあちゃんのあたたかいお出迎えとか、理由はいろいろあるが、とにかくふたりともまったりリラックスできるのであった。

 理由として、もうひとつ特記しておかなければならないのが、今回も2泊した松崎プリンスホテルと、その前にひろがる砂浜の存在だ。このプリンス・グループのホテル、すこし古いのだが、逆にそのせいで非常に使い勝手がいい。料金も安い。それだけでなく、インド・オリッサ州の聖都プリーにあるプリー・ホテルに似た雰囲気がある。

 また話がわき道にそれるが、この古都プリーとプリー・ホテルは、うちの夫婦にとって、いろんな意味でとても思い出深い場所なのである。そして、松崎プリンスとすぐその外の景色……ほとんどプライベート・ビーチといっていい砂浜は、ベンガル湾に面した味わい深いナショナル・ホテルそっくりなのであった。

 もっとも、ベンガル湾のほうは水平線から昇る朝日が見られるのに対し、西伊豆の松崎プリンスは駿河湾に沈む夕日がウリになるが。いずれにしても、松崎=プリーの海岸、松崎プリンス=プリー・ホテルというレトリック……これが故郷に帰るような錯覚にひたれる、いちばんの理由だと思う。

 宿としては、もうひとつ、民芸茶房の「母体」である豊崎ホテルもあって、ここは設備についてはプリンスよりいいようなのだが、まだ泊まったことがない。次に行くときは、ぜひ泊まりたいと思っているが、とにかくプリンスが捨てがたいので、今後どうなるかはわからない。なお、松崎にはほかにも国民宿舎、町営宿舎からB&B形式の宿まで、各種宿泊施設がそろっているらしい。

 さて、バスでは大量の高校生が乗りあわせてきたりして、びっくりしたが、予定どおり夕方になる前、松崎に到着、さっそく松崎プリンスにチェックインした。(つづく)

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【PR】ガタコン29 in湯河原

 秘密結社関連のお誘い。

 秘密結社のメンバー多数も参加する、SFファンのローカル・コンベンション「ガタコン29 in湯河原」が、今年10月9日(土)から10日(日)の2日間、神奈川県・湯河原温泉の「ゆ宿・高すぎ」で開催されます。

 くわしくは上記サイトでどうぞ。

 ちょっちそっけない? (^^ゞ

 大会実行委員長は義兄です。(T^T)

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2004.07.27

魅惑の伊豆食いだおれ旅行2

 下田~松崎町のコースはとくに好きで、2年ぶり3回め、下田だけだと4回めだ。昼ごろ下田について、昼を食べてすこし散歩。その後、バスで松崎に向かい、松崎プリンスホテルに泊まって、夕飯と翌朝はホテル近くの民芸茶房と、ここまで決まってる。

 下田での昼は、たいてい寿司。以前はガイドブックに載っている有名店をまわったのだが、そーいう店はたいていナンダカナンなので、今回は町をしばらくぶらぶらしたあと、思いきって駅前の回転寿司を選択。これが大当たりだった。

 おととしかな、仙台に食いだおれにいったとき、どうもいい店にあたらず(ガイドブックでナンダカナンのパターン)、やけくそで駅ビル地下の回転寿司にはいってみたところ、すんごくうまかったので、今回2匹めのドジョウを狙ったというしだい。この店も地魚や貝類がじつにうんまい。あと、アラのみそ汁たった180円というのも感動的にうまかった。これからしばらく、海ぞいの町に行ったら、回転寿司にはいってみなくちゃ。

 昼を食べたら、ロープウェイで寝姿山に登る。これもいつものコース。真夏でも風が爽快なのと、景色がいいのとで、下田にきたら欠かせないスポットだ。もう何度もきているから、さくさくと進んでいくと、地元民と思われたのか、風景をビデオ撮影している学生らしい兄ちゃんに、いちばんいいビュースポットはどこかとたずねられる。でもって、答えちゃうんだよね。「ここをこう上がっていったところがいちばんの絶景だよ」とかって。なかばジモティ。(^_^;)

 そーいえば、この寝姿山、おととし行ったときは「埼玉県知事・土屋義男」がどうとかいう碑が建っていたんだが、スキャンダルとつづく辞任が影響したのか、今回はなくなっていた。あるほうが不自然だったんで、このほうがすっきりしていい。

 山を下りたら、いよいよ松崎に向かう。ここはなんというか、うちのふたりにとって、故郷みたいな町になっているのだ。(つづく)

 

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2004.07.26

ユーキャンの折り込みチラシ

 きょうの朝刊の折り込みに、『昭和と戦争』というビデオの広告がはいっていた。販売元はユーキャン出版局。ここって通信教育の会社だったと思ってたけど、通販もやってるんだ。ま、通教と通販はほとんど同業だけど。

 この手の映像は、ぢつは東京・九段下の『昭和館』というところでたっぷり見られる。ここのは新聞社の映像ニュースだけど、『昭和と戦争』の元ネタも大半はそういうもののはずだ……という話はおいといて。

 へんなことを思いだしちゃったのだ。大昔……正確には20年前だと思うが、私はこーいう企画もののカタログをつくったことがある。クライアントは二光通販。編プロ時代、二光のカタログは30冊くらい手がけたが、2番めか3番めにやったのがこの『終戦特集』だった。

 そう。この手の企画ものは、終戦の日にかけて展開する「季節商品」なのであった。(^^)

 でもって、私が参加した『終戦特集』はその第1号だったのである……たしか。

 なんつったって、当時、新聞でたたかれたくらいで。(^^) 投書だったか記事だったかは忘れたが、「敗戦とか戦争の記憶とかを売り物にするとはけしからん」というものだったから、たぶんそれ以前にこーいうジャンル(笑)はなかったのだろう。ま、陸軍のヘルメットぢゃない「鉄兜」の原寸大レプリカとか、軍服とか、零戦のダイキャスト・モデル、旭日旗……そんなんを売るカタログだからね~。

 私はもちろん、記事部分の企画・制作と商品のコピーを担当したわけだけど、こっちもとーぜんノリノリで、戦艦『大和』戦いの軌跡とか、太平洋戦線の総覧とかでページを埋めまくり。コピーもあっちこっちに「嗚呼」とか「慟哭の」とか、ふだんならぜったい使わない表現をちりばめて、まー楽しく仕事しました。(^^ゞ

 今回、ユーキャンでこーいう企画が出てくるというのは、昔、二光のSさんたちとつくったこのカタログの路線が、モラル面の問題はさておき、けっこうポピュラーになっているという証拠。そう考えて、朝からにやにや笑いがとまらないよがらしであった。

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2004.07.25

魅惑の伊豆食いだおれ旅行1

 さて、先週の食いだおれ旅行のお話。

 結婚以来、いちおう年にすくなくとも1度は、ささやかながら夫婦で旅行に行くことにしている。慰安旅行みたいなもんである。最初のころは、いろいろ新しい企画をたて、自分で各種手配もしていたが、最近は行き先こそ相談して決めるけど、宿や往復の手配はほとんどとーこちゃんまかせになったしまった。さぼっててすんまへん >とーこちゃん。

 行き先は……これも最初はバリエーションがあったのだが、最近は定番が多い。毎年、まだ行ったことがない将棋の聖地・山形県天童市や、サッカーの聖地・茨城県鹿嶋市などが候補になるものの、私が企画しないものだからなかなか実現せず、今年も定番1号の伊豆に行くことになった。

 伊豆はいいのだ。(^^)

 わが家の旅行は観光とかが目的じゃない。目あてはただひとつ、食い物である。(^^)v だから食いだおれ旅行といっているのだが、とくに、内陸国・埼玉に住んでるもんで、極上の刺身をはじめとする青魚が必須だったりする……というか、極上の地魚が食べたくなると、伊豆に行くといったほうがいい。ちなみに、マグロのトロなどという下魚は、わが家ではどうでもいい食い物となっている。地魚がうんまいのよ~。

 観光はどうでもいいといっても、たえず食いつづけているわけにはいかないから、そぞろ歩いたり、見物したりする施設もそこそこあったほうがいい。この点でも、伊豆はおもしろいものがあっていい。今回は行かなかったが、西伊豆・堂ヶ島の加山雄三ミュージアムとか、ナンダカナンな施設が目白おしだ。

 交通の便がいいのもうれしい。埼玉から池袋に出て、そこから『スーパーびゅう踊り子号』で一直線に伊豆の玄関・下田に行ける。これで、3時間くらいのプチ極楽旅行気分が味わえるのね。チープ。(^^)

 あと、完全に土地勘があるというのも大きいポイント。食いだおれでも、ここ15年で4~5回めだし、それ以前から、光瀬さんのファンクラブ『東キャナル市民の会』の合宿とかで、かれこれここ20年は2年に1回平均で行っているから、東伊豆、西伊豆とも、どこになにがあるか、ほぼ頭にはいっている。

 今回選んだ旅先は、その伊豆でも定番中の定番、下田市~松崎町コースである。このコースはとくに好きで、2年ぶり3回め、下田だけだと4回めだ。(つづく)

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2004.07.24

500mlの誘惑

 いゃー、きのうは仕事した。原書5ページ進んだもんな~。ふだんは3ページ半くらいなのに。これはたぶんユンケルのせいだと思う。最近は週に2本くらい飲んでる。また買ってこないと。それにしても、今月はきつい。これも6月ぶんが1週間も押したせいだ。

 さて、ユンケルといっしょに、今回はじめてドデカミンを飲んでみた。ほんとにリポビタンとかオロナミンとかの、「あの」味なのか~。これはこれですごいや。でも、500mlは飲みきれなかった。これは私としては珍しい事態である。なにしろ、ふだん1日に10リットル近く水分をとる生活を、もう10年くらいつづけているから、ほかのものなら500mlくらい「ひと口」なのだ。ビールなら1リットルだって「ひと口」だったりして。(^^)v

 500mlを飲みきれなかったのはいつ以来だろうと考えるうち、子供のころは半リットルがとてつもない量だったのを思いだした。私個人の問題ではなく、おそらく社会全体として。

 コカコーラが500ml入りの「ホームサイズ」というものを出したのは、たしか小学校の3年くらいだったと思う。当時のCMのコピーは「コップに3杯ついでも、まだあまる」だった。たしかに、当時はふつう、水分補給は「コップ1杯」で充分だと思われていたはずだし、半リットルというのは子供にはぜったいに飲みきれない量だったのである。実際にためしたことがあるから、まちがいない。

 忘れもしない、4年生のとき、知りあいの家で意を決してチャレンジしたが、志なかばでリタイアしたのは、いまだにトラウマとしてのこっている屈辱の思い出だ。いや、そんなに大げさじゃないけど。(^^ゞ

 それがいまは、小学生でもふつうに500mlペットをからにしている。これは水分補給に関する教育の差なのか? それとも、知らないうちに人体が変化したせいなのか? あるいはうちう人による遺伝子操作か? 非常に気になるところではある。嘘。

 ちなみに、1日10リットルというのは痛風対策だ。最初は医師に1日すくなくとも4リットルは飲むようにいわれて実践するうち、だんだん量が増えていったもの。のちに、棋士の森雞二九段が、対局中にミネラルウォーター8リットルを消費するという話を聞きつけ、以来8リットルをノルマにしている。

 ところが、このほか、朝はトマトジュース200ml(血管強化・痛風対策)、夜は酒を適宜……というように、水以外の水分もいろいろ摂取するため、どうしても1日に10リットル近くを飲むはめになってしまった。恐ろしいことに、夜寝ているあいだにも、3~4リットル飲むのである。もちろん、寝る前に1リットル、途中でトイレに起きて1リットル、といったぐあいに飲むのであって、夢遊病なわけではない。

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2004.07.23

追悼・原田泰夫九段

 ゆうべ、火曜日にとどいていた『週刊将棋』を開けたら(最近、ほぼ1週間遅れで読んでる)、大ショック。原田泰夫九段が亡くなられていたそうだ。

 さっそく日将連のサイトを見たら、たしかに以下の記事があった。このサイト、毎日見てるのに、ぜんぜん気がつかなかったよ~。しくしく。以下引用。

原田泰夫九段、逝去
 原田泰夫九段が7月11日の午前3時48分、間質性肺炎のため逝去しました。享年81歳。
 新潟県西蒲原郡分水町出身。1937年、(故)加藤治郎名誉九段門下、1944年四段、1949年八段、1982年4月引退、1982年11月九段。1956年度第6回NHK杯戦ほか優勝3回。
 1961年~1967年まで将棋連盟会長。1969年~1971年まで将棋連盟相談役。1997年より将棋連盟顧問。
 1982年秋「藍綬褒章」受章。1996年春「勲四等旭日小綬章」受章。
 謹んでご冥福をお祈りいたします。

 プロ入りしてすぐ戦争で召集されたものの、復員後はまたたく間に八段に昇段し、A級10期、棋戦優勝3回。男気にあふれた先生で、38歳という若さで日将連会長をつとめたあと、40代なかばにしていさぎよく現役引退。その後は普及面でずっと貢献しておられた。

 とくに、解説や立会人としては、軽妙洒脱な話術と的確な説明で見る者をひきつけたもの。けっこうきびしいこともいわれたのだが、そのおおらかな人柄で決して嫌われることのない……それどころか、だれからも愛される名伯楽であった。

 また、これも話術の部類にはいるが、中原永世十段を「棋界の太陽」と命名したり、「自然流」(中原)「自在流」(内藤国雄九段)「さわやか流」などと棋士を評して、棋風をわかりやすく紹介する技術にも長けておられた。

 ここ数年は体調がすぐれなかったようで、解説などで姿を見る機会がすくなかったが、もうあの「原田節」を聞けないと思うと、残念でならない。きれいな日本語をしゃべる人が、またひとりへっちゃったな。
 
『週将』の見出しには、「貢献に感謝感謝」とある。これは全将棋ファンの言葉でもうるだろう。原田節になぞらえたこの見出しは、『週将』にはめずらしく出色だ。私も原田先生に感謝しつつ、合掌。

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2004.07.22

韓国人Jリーガー第1号

 タイトルと『謎の円盤UFO』の第1話は無関係。

 きのうの日韓オリンピック代表フレンドリーマッチ。試合の内容は本番直前ということもあって、たがいにあんまり無理もしなかったし、ま、どうでもいい。でも、見てる途中で気がついたんだけど、最近は日韓戦といっても、ぜんぜん燃えないんだよね。個人的に。10年前だったら「フレンドリーマッチだろうがなんだろうが、敵をたたきつぶせ~!」みたいにノリで見てたはずなのに、いまはとても冷静に(笑)ちゃんとプレーを(爆)見ているのだ。それどころか、韓国選手がいいプレーをすると拍手してるし。

 なぜこうなったかというと、やっぱりJの登場が大きい。Jリーグができて、韓国のトッププレイヤーも加入するようになり、そのプレーを見ているうちに、韓国選手に対するリスペクトが高まったのである。

 とくに、韓国人Jリーガー第1号になった盧廷潤(ノジュンユン)は、選手としてはもちろん、人間的にも、たぶん世界でいちばん尊敬しているサッカープレイヤーである。以下、記憶だけで書くので間違いがあるかもしれないが……

 ノさんが大卒でいきなりサンフレッチェにはいったとき、韓国では非国民呼ばわりされたと聞く。当時の状況なら、それも当然だろう。それが理由でA代表もはずされたんじゃなかったかな。でも、ノさんはそれに対して「自分はサッカープレイヤーであり、もとめられればどこででもプレーする」という主旨の発言をして、サンフレッチェで結果をのこしつづけ、やがて実力で代表復帰もはたした。

 じゃ、韓国でのプレーに関心がなかったのかというと、もちろん正反対。韓国代表のユニフォームには最大の敬意をはらっている。ノさんはサンフレッチェのあと、セレッソ、アビスパとわたりあるいたが、そのアビスパで、チームのふがいなさに怒ったばかが、あろうことか韓国代表ユニフォームをピッチにいたノさんに投げつけたことがある。

 このとき、ノさんはこのばかと小競りあいを演じた。代表ユニフォームを投げ捨てられて、黙ってとおりすぎるわけにはいかなかったのだ。

 ノジュンユンという選手は、こういう人物だ。サッカーにリスペクトして、おのれの信念をつらぬき、ひたむきにプレーすることで、日韓の垣根の一端までとりはらってしまった、偉大なプレイヤーなのである。個人的にも、ノさんがいなかったら、きっとまだ洪明甫(ホンミョンボ)や柳想鉄(ユサンチョル)、安貞桓(アンジョンファン)といった韓国のトッププレイヤーのことさえ知らなかったはずで、そーいう意味でもノさんには感謝してもしきれない。

 で、いまはというと、Jでいちばん好きな選手はユサンチョルだったりするから始末が悪い >私。(^_^;) アンジョンファンまで行っちゃったんで、昔は蛇蠍のごとく嫌っていたマリノスを、ひそかに応援している自分がなさけないというか。(;_;)

 これじゃ、日韓戦といっても、どっちもホームみたいな感じになっちゃって、燃えないのがあたり前かも。これはこれで、困ったことではある。

 

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2004.07.21

「サポート情報」はさらにかんたん

 なんか、こーいう話はPCを自作するくらいの人なら、知っててとーぜんな情報かもしれないけど、検索すると意外にヒットしないから、もうすこし説明しておく。

 オリジナルのロゴができたら、次はサポート情報。この部分である。

pro03.jpg

 こっちはロゴよりさらにかんたんだ。書式もファイル名も決まっていて、そこにあてはめるだけだから。ロゴは場合によってデザイン・センスが気になるかもしれないが、こっちはほぼ自動的である。

 ファイルはテキスト形式で、ファイル名は「oeminfo.ini」とする。Win 添付のメモ帳などで新規作成すればいい。書式は次のとおり。

 -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

[General]
Manufacturer=flimmer Blitz Werkstatt
Model=Model fB3200A-400D 震 電

 -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

 このうち、

[General]
Manufacturer=
Model=

 これが定型書式で、Manufacturer と Model のイコール以降に好きなことが書ける。長くなれば2行に振りわけられる(と思った)。気をつける点は、[General]をかならず先頭行の最初に持ってくることだけ。半角スペースひとつあるだけでも、機能しなくなるので注意。

 さらに、 Model の次の行に以下の文書を入れると、上図のように、下側に「サポート情報(S)」のボタンが生じる。

 -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

[Support Information]
Line1="  "
Line2="Model fB3200A-400D SHINDEN"
Line3=""
Line4="xxxxx xxxxx xxx kuki-xxxxx xxxx xx-1,"
Line5="Kuki-Shi,Saitama 346-xxxx,Japan"
Line6=""
Line7="閃電工房謹製"
Line8="fB3200A-400D 震電"
Line9=""
Line10="サポート xxxxxxxxxxxxxxx@yahoo.co.jp"

 -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

 ここも、あいだに半角スペースひとつでもはいると機能しなくなるのは同じ。なので、

Model=
[Support Information]

 と、記述する必要がある。Line1以下の記述もこのとおりにして、=""の""内に必要事項を書いていけばいい。途中で空白行を入れたい場合は、Line3=""のようにする。行が2ケタにわたる場合は、Line10= のように記述。

 さて、こうやって好きなことを書いたら、oeminfo.iniを保存して、これをoemlogo.bmpと同じフォルダにコピーすれば完了。ここまでやると、自分がショップブランドを持ったような気分になれるから不思議だ。(^^)

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2004.07.20

オリジナルロゴのつくりかた

 つくりかたといっても、じつはノウハウもなにもなかったりして。(^_^;)

 よーするに、Win のペイントを使って、好きなデザインでつくればいいのだ。ただし、あまり大きいと天地・左右とも切れてしまうから、最初から大きさを調整しておくか、またはほかのドロー、レタッチ系アプリでおさまる範囲に縮小すればいい。大きさは仕上がり寸法で、左右は120pixel、天地が50pixelくらい。原寸でこんな感じになる。

logo.jpg

 AMDのロゴはオフィシャル・サイトの「サポート&ダウンロード」から入手する。このへん、intelのロゴその他が使えるかどうかはわからない。また、AMDのロゴのありかもころころ変わるので、将来的にはサイトをあちこち探す必要があるかもしれない。

 そうそう、すっかり忘れていたが、私の自作PCのブランド(笑)は「flimmer Blitz Werkstatt」という。ドイツ語で、日本語呼称は「閃電工房」となる。ドイツ語文法的にはちょっち違っているような気もするのだが、ろーだんにはflimmerという単語もよく出てくるので、よしとしている。ドイツ人が使ってるんだから、いいのだ。

 で、なぜ「閃電」というかというと、記念すべき自作1号機の名前が「閃電」だったのだ。閃電という名にした理由は……おぼえてないや。(^^;;; なんだっけ? 子供のころ好きだったエドモンド・ハミルトンの短編『フェッセンデンの宇宙』にちなんでいるのはたしかなんだが……理由を忘れてしまった。(;_;) ま、微小宇宙を創造してしまったフェッセンデンは、私にとって「創造」の代名詞だったりする……ということにしておこう。(^^;;; ぜったいに違うけど。

 ちなみに、閃電のころのロゴはこんな感じ。まだXPではない、ただのAthlonだった。

logoold.jpg

 閑話休題。こうやってお気に入りのロゴや名前をあしらって、デザインをまとめたら、これをビットマップ形式で保存する。ファイル名も決まっていて、「oemlogo.bmp」とする。もちろん、ほかの名前で保存してもいいが、使用するさいはこのファイル名が必須になる。

 さて、こうやってつくった oemlogo.bmp ファイルは、Win XPだったら c:\windows\system32 (c:\がシステム・ドライブの場合)に、それ以前のバージョンなら c:\windows\system に入れる。すると、再起動しなくてもオリジナルロゴが表示されるから、こーいうことをおもしろいと感じる人はぜひ一度おためしを。(^^)

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2004.07.19

震電2 オリジナルロゴ

 腐女子が1カ月半ぶりにちずさん本人の手で更新。よかったよかった。

 きのうのハセガワ『1/72九州J7W1 18試 震電』パッケージ、じつは旧タイプで、いま発売されている(はず。もう販売終了しているかも)のは次のように、白地に同じ箱絵がレイアウトされている。同じ日にスキャンしておいたのに、掲載するのを忘れてた。

shinden-002.jpg
ハセガワ『震電』現行パッケージ

 こっちのほうが、やっぱりデザイン的にはすっきり見える。

 なぜ震電のプラモをこうやってストックしているかというと、そのうちプロペラがモーター駆動で回転するようにしたやつを1機組み立て、電源はPCからとり、ケースのフロントパネルに固定して、PCの電源を入れるたびに数分間プロペラが回転するようにしたいのである。(^^)

 もちろん、まったく無意味なデコレーションなんだが、そーいうことをやってみたい年頃なのだ。(^^)v そうそう、翼端とかコクピットには明かりがつくようにもしたいな。

 慢性的に時間がないから、いつ実現するかわからないが、そこまでやってはじめて「最強・最後のK7」が完成するのであった。(^^)

 ところで、震電みたいないわゆる自作PCを使う場合、自作派のみなさんはマイコンピュータのプロパティ、またはシステムのプロパティに表示するロゴ類……具体的には下の「製造元およびサポート先」をどうしているのだろうか? 私はこのとおり、オリジナルのロゴをはりつけたりしているのだが。

pro1.jpg


pro2.JPG

 せっかく表示できる機能があるのだから、利用しない手はないというのが理由のひとつ。もうひとつ、自作マシンもプラモなんかと同様に「作品」だから、自分がつくった証拠にロゴくらい入れておきたいという理由もある。いってみれば、

1.ハードを組んで
2.OS入れて自分なりに設定し
3.アプリを入れたあと
4.ロゴやマシン名を表示させて

 これで「ようやく1丁あがり」と、自己満足にひたれるのであった。私の場合。

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2004.07.18

最新鋭機・震電のすべて!

shinden-001.jpg
ハセガワ『1/72九州J7W1 18試 震電』パッケージ

 写真と内容は関係ありませ……いや、関係はあるのだ。(^_^;)
 いちおう、私の最新鋭マシンの名は、この九州18試・局地戦『震電』にちなんでいるから。

 ブログをはじめて1カ月たつというのに、主力機の話をしなかったので、いちおう基本的なことをおさえておきたい。

 このマシン、スペック的には最新しゃないんだけど、組んだ時期は今年4月だし、主力機なので、個人的には最新鋭である。なお、タイトルののこり「のすべて!」は、よく子供向け雑誌の特集なんかに使われた常套句で、ぜんぜん意味はない。(^^)

 基本スペックとHDBenchのスコアは以下のとおり。

★ ★ ★  HDBENCH Ver 3.40 beta 6 (C)EP82改/かず ★ ★ ★
M/B Name   A7N8X-E Deluxe rev2.xx ( nForce2 Ultra 400 + nForce2 MCP-T ) 
Processor   AMD Athlon 2191.23MHz[AuthenticAMD family 6 model A step 0]
Cache       L1_D:[64K]  L1_I:[64K]  L2:[512K]
Name String AMD Athlon(tm) XP 3200+ 
VideoCard   WinFast A360  (GeForce FX5700 / 128MB)
Resolution  1152x864 (32Bit color) 
Memory      523,760 KByte (Samsung PC3200 DDR-SDRAM 256MB×2 Dual Chanel)
OS           5.1 (Build: 2600) Service Pack 1 
Date        2004/06/01  20:52 

NVIDIA nForce2 IDE Controller
プライマリ IDE チャネル
  Maxtor 6Y080P0

NVIDIA nForce2 IDE Controller
セカンダリ IDE チャネル
  HL-DT-ST DVDRAM GSA-4082B

I-O DATA SC-NB Series PCI SCSI Host Adapter

   ALL  Integer   Float  MemoryR MemoryW MemoryRW  DirectDraw
49888    92497  112708    46982   65771    82706          59

Rectangle   Text Ellipse  BitBlt    Read   Write   RRead  RWrite  Drive
    83000  71400   15640     360   55986   60093   19441   27645  C:\100MB

 おもなベンチマークの結果は、

N-Bench Score             2633   Marks
FPS Average                 68.34  FPS

FF Bench    6370
3DMark2001SE   12429
ゆめりあBench   2267 (1280×960、画質:最高、3回ループの平均)
CrystalMark   56742
もっさりMark2003 SE(笑)
 あなたのCPUは大体2193MHzくらいで動作していて、
 世界で2750本の指に入るくらいの処理能力を持っており、
 この辺りのCPUよりも「1518きびきびっ!」といった、もっさりの感じられない代物です。  超速CPU  誤差2368Hz

 ま、なにが悲しくて自分のメインマシンでゆめりあを走らせないとならないかという疑問はあるが。(T^T)

 もっさりMarkは反対に大好きね、とーぜん。(^^)v

 とにかく、こーいう感じで、BartonコアのXP3200+とnForce2 Ultra400のデュアルチャンネルメモリ利用、IDE接続HDDはU-DMA133という、「K7世代では最後にして最速」のマシンを実現してみたわけである。仕事で使う実用性重視のスペックでもあるため、先進性より安定性を優先した……そーいう性格からして、とくに「最強最後のK7」というコンセプトから、「最強速のレシプロ機」である震電の名をつけようと、2年前に「次期主力マシン設計計画」を策定した段階から(^^)決めていたのであった。(つづく)

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冬の稲妻

 You're Rollin' Thunder! アリス。

 いや、とくに意味はないんだけど、きのうまで毎年恒例・結婚記念日の食いだおれ旅行(今回は伊豆)に行ってきて、きょうは骨休めかと思ったら、とーこちゃんがプチ東洋亭をやるそうなのだ。さらには、ゆうべ帰ってきてメールを開いたころ、キーワードで紹介した矢口昌代さんご本人から連絡をいただいていたりして、個人的に大騒ぎ。この連休は嵐の予感かも。

 さて、今回プチ東洋亭に来るのは、秘密結社のお嬢さんがた3人。とーこちゃんの妹で、私も参加する「おやじ戦隊ロートルV」のT子司令官、わが師匠、故・光瀬先生の小説の主人公「麗明」、ここにもリンクをはってある脱力系欠食児童ISSHさんである。いや、それでアリス『冬の稲妻』のサビ You're Rollin' Thunder が「養老院のサンバ」って聞こえるところから、サンバ→ 三婆でこのタイトルになったなんてことはぜったいにありません。ほんとです。すこしISSHさんに敬意を表してはいるけれど。

                      ((((((((((((((( ;゚゚)/

 とにかく、急に妙齢の女性3人がいらっしゃって、どうも泊まっていかれるようだ。私としては、静かにしていたほうが身のためみたいである。(^_^;)

 じゃ、PCの話でも書こうかな。旅行については、またあらためて書く予定。

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2004.07.14

タチアオイたちたちたちの日々々

日々是増殖。

 しつこくトリフィドの話。といっても、今回はトリフィド自体ではなく、ゾンビとのコラボレーション(違)。

 ゾンビというか、『Dawn of the Dead』の Dead あるいは Living Dead と、映画版トリフィド……つまり『人類SOS』で映像化されたトリフィドの関係の話だ。

 どっちも人間を襲って食う怪物という点で共通していて、こういう怪物の元祖がトリフィド、その発展形態がリビングデッドといっていいと思う。ただし、それぞれの原作がつくられた1951年(ウィンダムの『トリフィドの日』)、68年(ロメロの『Night of the Living Dead』)という時代ギャップのせいか、トリフィドよりリビングデッドのほうが「進化」している。つまり、トリフィドはそのままでは動きが遅すぎて人間を襲えず、人類の目が見えなくなったところに乗じて勢力をひろげたわけだが、リビングデッドは動きこそ遅く、ぎごちないものの、数にものをいわせてどんな人間でも襲え、さらにそれを味方というか、同類にできる。この「進化」が大きくて、リビングデッドはキング・オブ・モンスターの仲間入りをはたした。

 反面、この「進化」のせいで、ストーリーの「救いのなさ」かげんも、後発のリビングデッドではより絶望的になる。『トリフィドの日』には、いろいろな意味・かたちで救いがあった。だから、名作SFに数えられるわけだ。対して、『Night of the Living Dead』はエポックメイキングな作品で、私はこれも好きなんだけど、とりあえず名作とは呼ばれないよね。『Dawn~』にしても同じ。この「救い」というもの、小説にしろ映画にしろ……どんな作品にとっても、やっぱりたいせつなものだと思う。たとえホラーでも。

 そういや、その昔、「いっさい救いのない」作品ということで『人類皆殺し』(トマス・M・ディッシュ)って小説があったな。あれはあれで、そこそこの出来だったけど。

 閑話休題。年とると大昔の記憶が急によみがえったりする。(^_^;)

 さて、今年はその『ゾンビ』のさらなるリメイク『ドーン・オブ・ザ・デッド』が公開された。この作品でリビングデッドはさらに「進化」して、正常な人間と同じか、それ以上の運動性を獲得し……つまり走れるようになり、「救いのなさ」かげんは頂点に達して……その結果、ろくでもない仕上がりになってしまった。

 制作側が気にしていたという「走るゾンビ」のコンセプトは、これはこれでいいと思う。映像的には、むしろよかった。だけど、「救い」のほうがどうしょもない。こういう映画はホラーを衰退させるだけだから、つくらないほうがいいね。ま、ロメロの息がかかっていない作品だから、しょうがないともいえるけど。

 それにしても、スタッフは制作にかかる前に、元祖『人類SOS』を見てほしかった。そうすれば、ホラーでも心にのこる名作がつくれるんだということがわかったはずなのに。『Night of the Living Dead』の系譜につながる作品だけに残念でならない。

 ところで、これ、5月にロードショーで見ちゃったんだよね。救いがないな~ >自分。(;_;)

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2004.07.13

タチアオイたちたちの日

 やっぱりこのギャグがいいたかったんだ。タチアオイたちたち。(^^)

 そーいうわけで、私は昔からタチアオイ → トリフィド → 不気味な存在というふうにとらえていたのだが、つい先日、衝撃の事実が明らかになった。

 とーこちゃんは気温が高くなってくると、すこしの日照でもすくすくと伸びて、次々に花を咲かせつづけるタチアオイが、「自分に似ている」という理由で好きなのだそうだ。結婚してもうすぐ満15周年を迎えるが、妻がタチアオイ好きとは、これまでぜんぜん知らなかった。(^_^;) 

 それに、私の「不気味」に対して、「ヒマワリみたいにすくすくと伸びる」という、イメージのギャップもすごい。たしかに、雑草というわけでもないし、雑草みたいに生えてるやつも、手入れをしている人がいるみたいだし、もしかすると人気のある花なのかもしれないが……そーすると、こんどは私の「不気味」というイメージが、常識とはかなりかけはなれたものになってしまうわけだ。ま、イメージなんて人それぞれだからいいけど、でも梅雨時の花だぞ~。

 それにしても、夫婦でもこれだけ意見が違うというのには驚いた。毎年、同じものを同じようにみてきたとばかり思っていたんだけどな~。(--;

 

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2004.07.12

なぜかいきなりアクセス激増

 選挙結果は末吉。私が投票した候補は落ちた。民主からふたり出ていて、ひとりはほっといても当選確実だったので、もうひとりに投票したんだが、低投票率が響いて公明がはいっちまった。

 そのきのう、なぜか150くらいアクセスがあったらしい。どうしたんだろ? なるべく人にはわからないようなネタを選んで書いてるつもりなんだが。(^_^;) というわけで、1日で#666と#777を通過しちゃった。だれが踏んだのか、とても気になる。(^^ゞ

 蘇武さんのサイトのBBSをのぞいたら、なんと日向リオが事務連絡していた。リオさんは『BACH』で長原さんの前に2~3年川口オートを担当していた人。歴代のオート6場の担当者のなかで、いちばん好印象の子だったが、担当をはずれたあと、しばらくしてフランスに留学したらしい。リオさんも蘇武さんに鍛えられたクチで、でもやっぱりいまも蘇武さんを慕っているのだろう。人柄だね~。

 人柄といえば、リオさんも、このサイトにはメール投稿フォームがあるのに、BBSを使っちゃうところが人柄。(^^)

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2004.07.11

トリフィドとりの日

 吾妻ひでお~! (^_^;)

 毎年、この季節になると、あっちこっちにタチアオイ(立ち葵)がひょんひょんと伸びてくる。アジサイ(紫陽花)が梅雨時の花の代名詞みたいだが、私には、タチアオイのほうが梅雨のじめじめ感、うっとうしさをより体現しているように思えてならない。

 それに、なんというか、1日か2日であっという間に150cmくらいまで伸びて、その後はどうかすると1カ月くらい咲きつづけるでしょう? 梅雨のぐずぐずと曇った空の下で、数日前まではたしかになかったはずのタチアオイが、なにごともなかったように、ひょんと咲いている……というか「生じて」いるのを見ると、どうしても「ここまで歩いてきたにちがいない」と思い、いつもトリフィドを連想してしまうのである。

 トリフィドというのはトリフィド星雲じゃない。ジョン・ウィンダムの小説『トリフィドの日』に出てくる食人植物。小説は適当なリンクが見つからなかったが、早川の銀背で発行されたあと、「世界SF全集」に掲載された、『呪われた村』とならぶウィンダムの傑作。

 もうひとつ、この作品は60年代に映画化されていて、邦題は『人類SOS!』。イギリス映画で、当時のイギリスのSF・スリラー系映画の大半がそうであるように、ハマープロじゃないんだけど、それらしいテイストの漂う大傑作スリラー(当時はまだホラーというジャンルは定着していなかった)だ。私にとっては(たぶん、吾妻さんにとっても)この映画のトリフィドがいちばんトリフィドらしいトリフィドである。

 この映画に関しては、いろいろいまも脳裏によみがえるシーンがいっぱいあるのだが、冒頭で植物園の守衛が夕食用にと、ポット型の入れ物からずるずるスパゲティを出して、それを食うという描写があり、「ヨーロッパじゃ、あーいう"弁当箱"でスパゲティを保温して食うのか」と、子供心に猛烈な印象をうけたのを、おぼえていたりする。ま、閑話休題。

 トリフィドはほかにジュヴナイルでも読んでいて、子供のころから鮮烈かつ印象的な作品のひとつになっているのだが、トリフィドといえばもうひとつ。吾妻さんの最高傑作『気まぐれ天使』に出てきたトリフィドトリ! そして、トリフィドトリトリ! このギャグも同時に思いだしてしまうのですね。(^_^;) やっぱり吾妻さんは天才だよな~と、しみじみ。

 というわけで、毎年この季節、タチアオイを見るたびに、そのトリフィドを思いだすのだが、今年はから梅雨のせいか、タチアオイたち、どうも元気がない。タチアオイならトリフィドに対抗してタチアオイたち、タチアオイたちたち、タチアオイたちたちたち……というふうに増殖したあげく、いつか地球を征服できそうな気がしているのだが(どうも、このギャグがいいたかったらしい>自分(^_^; )、から梅雨ごときに負けてどうする、タチアオイ。がんばれ、タチアオイ!

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プロフィール【矢口昌代】

やぐち まさよ。TVS『BACHプラザ』で大宮、西武園の各競輪場を担当するレポーター。同時に、TVS制作で中継があるときはアシスタントを、それ以外でも開催日には場内イベントやインタビューなどをこなす。所属は押坂忍氏が代表をつとめるエス・オー・プロモーションで、ここには一時期、競艇番組のアシスタントをやっていた西野七海ちゃんもいたりする。同社による本人プロフィールはこちら。ついでに、七海ちゃんのプロフィールも。七海ちゃんはこれまでいろんなジャンルでレポーターや司会をやってきて、現在はTVS土曜日朝の顔だったりする。って、矢口とは関係ないけど。(^^ゞ

 その矢口は6年前、女の子4人のユニットとして、歌手デビューしている。残念ながらグループ名は忘れた。その後はレポーターに転じ、『BACH』の競輪担当になったのは4年くらい前。プロフィールにあるように、弟さんが競輪選手をめざしていたということもあり、競輪にはくわしいし、リスペクトもしているらしい。最初はしゃべれない、アドリブもきかないと散々だったが、それこそ蘇武さんたちに鍛えられて、いまはそつなくレポーターやイベントの司会をこなしているし、小池のおやじにいたっては、矢口をたよってるみたいなフシまである。

 まだ26歳ということもあり、順調に育てばいずれ埼玉2場の名物司会者くらいになれるかもしれない。すぐ身近に、川口オート担当としてレギュラーの座をがっちりつかんだ長原玲子というお手本があるのだから、長原さんのいいところを見習って、さらに上をめざしてほしい。

 ちなみに、『BACH』で矢口が出ているとき、ちょうどとーこちゃんが自分の部屋からもどってきたので、「これが矢口だ」と紹介(笑)したら、「すごい男顔~!」と、びっくりしていた。(^^) そういわれると、たしかにボーイッシュかも。(^^ゞ

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2004.07.10

プロフィール【蘇武直人】

そぶ なおと。フリーアナウンサーで得意分野は公営競技全般。とくに地方競馬については、3年ほど前に全競馬場で実況したという「全場制覇」の偉業を達成したほか、浦和競馬場では振興策検討委員会委員などもつとめる。オフィスもさいたま市にあって、県内での競輪、競艇、オートレース中継では司会や実況として欠かせない存在。くわしいプロフィールはご本人のサイトを参照。

 このサイトを見れば、蘇武さんの人柄の一端がわかるが、正直これほど評判のいいアナウンサーはほかに知らない。「実況がわかりやすい」「目を閉じていても先頭から最後尾までの展開が手にとるようにわかる」といった賛辞は、とくにギャンブルの世界ではなかなか得られないものだと思う。司会もすんなり進行させて、うまく周囲のスタッフの持ち味をひきだすし、やはりここでも人柄が出る。もちろん、頭が切れるのはいうまでもない。

 最初はクールでとっつきにくい印象があるかもしれないが、そーいう人が実況の全場制覇なんかしませんって。(^^) ちなみに「全場制覇」というのは、たとえば競輪ならファンが「旅打ち」といって、全国47競輪場に出かけていって、そこで勝負し、47場ぜんぶをまわった状態をいう。ほかの公営競技でも同様のいい方をするようだし、公営ではないが、中央競馬でも全場制覇という言葉はある。だけど、これはあくまでファンの話であって、実況アナウンサーがこれをやっちゃうというのは、たぶん空前絶後だろう。そーいう熱い人でもあるのだ。

 でも、いちばん好きなのは、若いスタッフ……きのうの例でいうと、矢口がなにかミスをすると、反射的に自分で訂正したり、ミスを指摘しちゃう。そーいうところだったりする。(^^ゞ
 指摘のしかたが、ほんとうに反射的で、たとえば編集者が誤字や誤表記、まちがった表現などを見つけたときととても似ているのである。いってみれば、自分が原稿を相手にやっているのと同じような反応なのだ。編集者にはよくいるのだが、ふだん話していても、相手がまちがった表現を使うと無意識に訂正しちゃったり……そのノリといえばいいか。
 そーいうところで、勝手に仲間意識を感じてしまった……というのが、好きないちばんの理由だと思う。ま、あれこれ理屈はぬきにして、ほんとうにアナウンサーとして能力が高いので、蘇武さんが出るというと競輪だけでなく、川口オートや戸田競艇の中継もチャンネルをあわせることが多い。もっとも、川口は堂前・長原コンビの中継も月1回くらい見るけど。

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ヤナギが変わったね(^^)

 きのうのキリンカップ第1戦。

 いちばんの収穫は、柳沢の意識が変わっていたこと。あ、あの3点めの話。いままでだったら、あそこでそもそも詰めなかっただろうし、GKとからむこともなかったはず。いい意味でも悪い意味でもクールというか淡泊だったもんね。サンプであれだけ酷評されて、本人の意識が変わったのだろう。よかったよかった。

 ただし、やっぱり光ったのは俊介と鈴木のコンビネーション。2点めは年に1回とおるかどうかっていうレベルのキラーパスと、的確なシュートでした。あと、くやしいけど福西がいい仕事してた。ほんとにいい選手だ。

 スロバキアはアレックスはとめたけど、そっちに気をとられすぎ。主力が5人いなかったらしいが、状況はこっちも同じなわけで、招待する価値があるかどうか、すこし疑問。テストマッチとして勝ちぐせをつけるには、好適な相手ともいえるけど。

 それにしても、ジーコジャパン、最後はまたアントラーズ選抜になっちゃったね~。ま、ご愛嬌か。でも、、だったらせめて格下相手のテストマッチくらい、小笠原を先発で使ってもらいたい。

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2004.07.09

ginoran、カルピス、ウルトラQ

 このタイトル、妙に語感がいい。3、4、5音節なのか。(^^)

 そろそろこのパーツ館をはじめて1カ月になるので、追加情報などをいくつか。

 まずginoran。なんと、ライブ映像が大津びわこ競輪のサイトで見られるようになった。このライブのページの右まんなかやや下にある「大津びわこ競輪イメージ映像」の右[Click!]ボタンを押すと、Media Player で再生される。内容は去年春の場内でのライブ(『O-HA-YO』)が中心で、競輪のイメージだからレースのシーンもあるが、これは無視して(笑)見つづけるうち、ginoran本人のデビュー時のPVの一部も数秒だが使用されている。このPVは出来がよかったのだが、非売品なので、現在見られるのはこのイメージ映像だけだ。それにしても、久しぶりに聞いたけど、『O-HA-YO』は名曲だな。

 ginoranに関しては、もうひとつ発見があった。(^^) ギノランという発音は、てっきり最近の上州弁風イントネーションで「gi/no ̄ran ̄」と語尾が上がるものとばかり思っていたのだが、実際は「ギ」がいちばん強くて「gi ̄no\ran_」と下がるのだとわかった。このイメージ映像の冒頭で、本人がそういっているので、まちがいない。

 ペプシブルーとカルピスの関係。さっそくカルピスソーダを買ってきて、ペプシブルーと混ぜてみたところ、やっぱりグリーン系にはならなかった。つまり、カルピスとペプシブルーは相性がいい。違うか。(^_^;) いま、白桃味のカルピスサワーを冷やしているので、今夜はこれを混ぜてみるつもり。なにやってんだか。

『ウルトラQ』のことを書いたなかで、

> もちろん、まだ『李里依とリリー』は未見だし、ご本人のサイトによ
>れば、すくなくとももう1本は書かれているようなので、

 という表現がのこってしまっているが、これは公式サイトの次回予告で、『李里依とリリー』が太田愛脚本と誤表記されていたのを真にうけたため。あとからべつの脚本家のものとわかって訂正したが、ここだけ見落としていたもの。どうも、あの公式サイトの管理人はいいかげんだな。真にうけるほうもいけないんだけど。

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2004.07.08

おっ! やってるね。蘇武さんだ

「おっ! やってるね」はテレビ埼玉(TVS)の去年のキャッチコピー。これもかなりナンダカナンだが、そのCMに小野伸二が出ていたのはもはや伝説といっていい。レッズがらみで、しばらく前からTVSのCMをやっていただけなんだけど。

 そのTVS、きょうの大宮競輪の中継は司会が蘇武直人、アシスタントが矢口昌代、解説は小池和博のおやじ、実況は当然の綿貫弘と、久しぶりの最強カルテットだ。ま、私はSPEEDチャンネルで見てるわけだけど……小池・綿貫コンビは大宮、西武園ならFIIでもやってるけど、蘇武さんがFIの司会をやるのは年に1~2度しかない。でもって、ぢつは私、この蘇武さんが大好きなのである。そもそも、競輪にはまったのも、蘇武さんがいたからといっていい。

 TVSには名物の県内公営4競技5場ダイジェスト番組『BACHプラザ』というのがあって、3年前までまでその司会をしていたのが蘇武さんだった。この番組、そもそもBACH(ボート、オートレース、自転車、馬の頭文字)と書いて「バッハ」と読ませてしまうあたり、タイトルをふくむ企画段階から蘇武さんが参画していたんじゃないかと思うのだが、私はこの番組で、競馬以外の3競技について、ルールや予想のしかたなんかをおぼえたのである。蘇武さんについては後日キーワードで。

 アシスタントの矢口昌代は、BACHプラザの競輪担当&埼玉の競輪2場の中継でアシスタントになったのが3~4年前。最初は信じられないくらい下手くそだったのが、蘇武さんたちの教育のたまもので、去年あたりからしゃべりも安定し、なにより仕事で担当する前から競輪が好きだったこともあって、だんだん頭角をあらわしてきた。矢口についても、後日キーワードで紹介する。もと歌手なんだよ~。

 蘇武さんが偉いのは、こーいう新進レポーター、アシスタントをうまく教育する点にもある。ご本人は否定するかもしれないが、中継を見ていて、それがすごく伝わってくるのだ。

 小池のおやじ。きょうも蘇武さんや綿貫アナと雑談やり放題、好き勝手しゃべり放題だが、これでも往年の大選手で、特別もダービーを1回とっている。蘇武さん、綿貫さんとは飲み仲間でもあるらしく、興が乗ると私生活を暴露したりもする。いままででいちばんおもしろかったのは、去年の西武園の記念だったかな、蘇武さんとかけあいをやってるうち、カラオケの話になったあげく、蘇武さんを指さして、
「このおやじ、かならずトリでマイクとっちゃうんだよ。で、歌うのはいつも『マイウェイ』。しかも、英語でだよ。英語で」
 と、はじめちゃったとき。これ、予想とフォーカス紹介のなかでのことなのだ。全国に専門解説者はずいぶんいるけど、野放図という意味では、小池のおやじがいちばんだろう。いや、いちおうマイペースといっておこうか。(^_^;)

 綿貫アナ。東京電設工業のベテラン場内アナで、埼玉2場の中継では欠かせない人。実況だけでなく、必要なら司会もこなし、小池のおやじもコントロールできる。小池のおやじは中継番組の制作がTVSかSPEEDかも理解していないらしく(^_^;) SPEEDでも「矢口さんが……」といったりする(矢口はTVS制作のときのアシスタント)のだが、それをカバーするのが綿貫さんなのだ。実況の臨場感も、全国で5本指、いや3本指にはいる実力者である。

 こーいうメンバーが集まるから、埼玉2場の競輪中継はおもしろい。ただ、2場ともさびれてるけどね。(;_;)

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男は黙ってカルピスサワー

 サッポロビール。高倉健だっけ?

 やっと6月ぶんの締切をクリアした。長かった~。(;_;) 原書の出来がいいと、日本語もかっこよくしたいと思っちゃうから、どうしても時間がかかるのだ。

 で、1日ぶりにここを見たら、なぜかアクセスカウンターがおかしくなってる。このカウンター、「一番星」のやつで、デザインはいいんだけど、ときどき挙動がおかしくなる。2、3日たってもだめだったら、ほかに変えよう。

 さて、痛風になってからこっち、ビール発泡酒の類いはひかえるようにしていて、ふだんは焼酎の麦茶割りを飲んでる。でも、こればかりだと飽きるから、たまに缶酎ハイを飲んだりする。たいていはキリンの氷結シリーズか、今年にはいってからはサントリーの「麦風」も多かったのだが、ここ2カ月ほどハマっているのがカルピスサワーだ。

 これまでは、他社がタイアップでつくっていると思って買わなかったのだが、カルピスコーポレーション自体の製造・販売だと知ってためしてみたところ、これがおいしくて。青春の味ってやつ?(^^) 

 カロリーが高そうなので、2週に1回くらいしか飲めないのが難点だけど、缶酎ハイのなかではいちばんおいしいかも。

 話は変わって、いま巷ではペプシブルーがはやっている。うんこがグリーンになるとか、コーラC2と混ぜるとゴメミドロ色になるとか、そーいうはやり方だけど。たいてい、なにかと混ぜるとグリーン系の色になるらしい。

 私は昔からペプシ派で、新しい製品が出るとすぐ買ってしまい、今回もペプシブルーが2本、手もとにあった。そこで、さっそくためしちゃったのだ。カルピスサワーと混ぜたらどうなるか。100番煎じといわれようと、どうなるか気になるんだから、しかたない。

CalPep02.jpg
実験前

CalPep01.jpg
本来のカルピスサワーの色はこんな感じ

CalPep03.jpg
で、これが混ぜたあと

 おおお、意外。グリーン系にならない。みごとにふたつの色が混ざってる。

 これまで見た報告(笑)では、緑茶だろうが牛乳だろうが、みんなグリーンに染まってたのに、これはブルーのままだ。ブルーのままというのは、すごく画期的な出来ごとかもしれない。すこし毒々しいけど。牛乳→グリーン、カルピス→ブルーというと、乳酸菌かなんかが関係してるんだろうか? それとも、アルコールのせいか?

 とりあえず、こんどは氷結グレープフルーツかなんかでためしてみよう。

 

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2004.07.06

ご近所はワンダーランド3

 ウィンブルドンで優勝したシャラポワって、LavieのCMに出てた人だよね。そうかー。CMでもすごいかっこいいと思ってたけど、めきめき実力もつけてるんだ。最近、テニスはぜんぜん見てなかったから、知らなかった。また見ようにしようかな。

 やがて、運動公園をつっきると、川っぷちに出た。この川、宮代のこのあたりで、1級河川の「大落古利根川」という名前にかわる。久喜や幸手を流れているあいだはただの「葛西用水」なのに、久喜、幸手、杉戸町の境界をこえたところで、いきなり1級河川に昇格しちゃうのである。葛西用水はうちの近所も流れているただの用水路なので、なんだかだまされたみたいである。ちなみに、この川、さらに下ると中川になって、最後は荒川と合流する。

 この川っぷちを歩くと、それぞれの市町の財政状態がわかる。お金持ち・宮代は土手の道もきれいに整備されていて、日陰も多く、真冬以外はいつでも快適だ。反対に、対岸の杉戸は舗装はしてあるものの、ほとんど野放し状態で、冬は歩きやすい反面、夏場のこの時期は地獄。(^_^;) だから、わざわざ異世界をぬけて宮代側にきたわけだけど。

 そのまま、宮代の中心街方向にしばらく歩いて、和戸橋というところにつくと、ここが折り返し点。さらに川っぷちを東武動物公園近くまでいくという手もあるが、今回は2時間コースなので、1時間経過のここを中間点にした。

 さて、これがなんで死の行軍かというと、ここからは「地獄」の杉戸側を帰るのである。1時間歩いて、いいかげん疲れてきたところで、給水ポイントもないような、よりつらい道を強行突破する。これが体重減少に効果てきめんなのである。もちろん、水分は最後の給水ポイントで補給してあるけれど。

 地獄みたいに暑いのはたしかだが、野放し状態だからあちこちにみごとな花の群生など自然がたっぷりあり、これはこれで楽しい。途中でマガモとアヒルに出会ったりもする。この鳥たち、はじめてこの散歩コースを見つけた4年前から、ずっとここにいる。アヒルはいつも2羽、マガモもふだんは2羽だが、ときどき4羽になることも。ところが、この日は各1羽しかいない。ほかのは日陰で休んでいるのだと思うが、とーこちゃんは「マガモとアヒルがつがいになったのだ」と主張する。ま、もとは同種だから、つがいになってもおかしくはないけど。

 さらに進むと、なぜか居酒屋が出現。ここは荒れ放題の川っぷちで、人通りなんてぜんぜんないのに、1軒だけ店が、それも飲み屋があるのだ。こっちが裏側で、反対側に出入口がある……わけではない。あくまで川側が店で、赤提灯も川に面している。はじめて見た4年前から、ずっとここにあるし、夜になると営業しているのはたしか。しかし、どーいう客がくるんだろう? この川っぷちは街路灯もないし、酔っぱらいが歩くには危険すきると思うけど。とにかく、以前から気になっている不思議スポットのひとつではある。

 最後に昌栄高校という私立校の横を通り、ふつうの道路にもどると、ここからは久喜市。さらに10分も歩くと、例の滑走路のところに出て、これで1周終了。2時間弱で、だいたい7~8kmを歩く計算になる。この程度なら、ふつうはそれほど体重減少につながらないのだが、この「死の行軍」スタイルでやると、これだけでほぼ1kg落ち、翌朝にはさらに1kg落ちているから不思議。中間地点まではずんずんとできるだけ速く歩き、そこそこ消耗した状態で復路をこなすというのがいいらしい。血液検査をすると、中性脂肪がずどんと減っているのがわかる。

 とーこちゃんも予定どおり、翌朝には2kg減っていた。これ、不思議スポットも見つかるし、なかなかお得な減量法なのだ。

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2004.07.05

ご近所はワンダーランド2

 不思議は店だけにとどまらないのであった。

 たとえば、ふつうの戸建て住宅のガレージでは、屋根が藤棚用の棚になっていて、なんとそこにブドウがたわわに実っていたりする。この家、あとでブドウを収穫して、ワインでもつくっちゃうのだろうか?

 たとえば、広大な建て売り住宅区画のどまんなかに、「ここは禁漁区です。猟銃の所持・発砲禁止」みたいな看板が立っていたりする。それも、1カ所じゃなくあちこちに。どうやら、タヌキかクマが出没して、それを猟師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ、焼いてさ、という地区らしい。んなはずないって。

 そういえば、この「散歩」コースもいいかげんナンダカナンだ。分譲住宅地区がとぎれたところに、滑走路みたいな長~い直線の道路があり、その向こうは一面の田んぼ。そして、その道をずんずん進むと、いきなり未舗装の農道になり、やがて道が消え、天神社の境内にはいりこみ、道なき道をさらに進むと、謎の化学プラントらしき工場敷地のどまんなかに出てしまうのだ。フェンスがあるから、さすがに敷地内にははいれないので、フェンスづたいに未舗装道路をさらに進むと……気がついたら隣町の宮代町に出ているという寸法。

 宮代町には東武動物公園と東武鉄道の巨大な操車場があって、そこからの税金がたんまりはいる。だから、町はとっても金持ち。当然、公共施設もいまどきでは考えられないくらいバブリーなつくりのだが、舗装道路にもどったと思ったら、そーいう施設がずど~ん、ちゅど~んと建ちならんでいる。総合体育公園とかいろいろ。藪をぬけて農道をあとにすると、いきなり超近代的であやしい施設がぼこぼことならんでいるわけで、このへん、ものすごくシュールというか、ほとんど異世界に迷いこんだみたいである。

 いってみれば、あの長~い直線道路は、現世から異世界に離陸するための滑走路なのである。

 大げさじゃなくって、ほんとにそーいう感じなんだけど……(^_^;)

 私は何度も行き来してて、この衝撃にも慣れてるけど、はじめて異世界と遭遇したとーこちゃんは大はしゃぎ。炎天下の行軍なのに、疲れも見せず歩きつづけた。

 やがて、運動公園をつっきると、川っぷちに出る(つづく)。

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2004.07.04

ご近所はワンダーランド1

 6月中、妻とーこちゃんも夏風邪をひいていたのだが、そのせいで運動不足になり、体重が2kg増えてしまったという。うつしたのは私なので多少は責任を感じちゃって、1日でちょうど2kg減量できる方法を提案したところ、やってみようということになり、週末のきのう、さっそく実行にうつした。

 といっても、やることはかんたん。歩くのだ。じつは、3月の定期健康診断(痛風の持病があるので、3カ月に一度うけている)でひどい数値が出て以来、体調を改善するために、週末は1日か2日、一度に2~10時間のウォーキングまたはサイクリングをつづけているのである。ただし、ウォーキング・サイクリングというより「死の行軍」といったほうがいい、いささかハードな方法だが。それにとーこちゃんを誘ったというしだい。

 思いっきりハードにやるなら、皇居(北の丸公園の外側コース)3周プラス行き帰りで25kmなんていうのもあるけれど、今回の減量目標は2kgだから、お手軽な家の近所2時間コースを選択。きのうの昼前、さっそくスタートしてみた。そしたら、これが大ヒットだったらしい。(^^) とーこちゃんの喜びようったら。(^^)v

 私は3月から月1回通っているコースだし、ネコ年生まれでご近所なら露地にいたるまで完全に把握しているので、どうということもないのだが、ふだん露地なんか通らないウシ年生まれのとーこちゃんには、とても新鮮だったらしい。へんなところで歓声をあげる。

 たとえば……ご近所コースの途中にあるコンビニに感激してくれちゃう。セイコーマートという、北海道ではトップシェアのコンビニが、なぜかご近所……埼玉県久喜市にはあるのだ。そーいえば、なんであるんだろう?(^^;

 調べてみると、北海道では全道展開の最大手ながら、それ以外では埼玉はじめ北関東、兵庫を中心に関西圏にちょぼちょぼ展開するだけのチェーンなのである。でも、置いてある商品を考えると、ご近所にあるのがとてもラッキーなコンビニだったりする。

 そーいえば、ご近所にはほかでほとんど見ない店というのが、けっこう多い。うちからいちばん近い酒屋+半分コンビニみたいなジャパンという店は、関西が本拠であとは埼玉東部にしかないみたいだし、ファミレスなんかも「○○と埼玉限定」みたいなのがとても多い。

 これはこれでおもしろいし、日常生活に欠かせない店ばっかりなんだけど、あらためて指摘されてみるとたしかに不思議ではある。そして、不思議は店だけにとどまらないのであった(つづく)。

 

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2004.07.03

ウルトラQ dark fantasy(訂正版)

 4月に『ウルトラQ dark fantasy』がはじまってからは、4話たまるごと、つまり月に1回、DVD-R1枚ぶんを編集して、こんなふうにストックする作業がルーティンになった。

Q.jpg

 いいでしょう? こーいうデザインには、多少自信があるんだ。編集者っていっても、レイアウトとかデザインもする必要があったから、基本技術は現場でおぼえちゃったのである。

 それはおくとして、ウルQの中味の話。最初の2、3話は絶好調だったといえる。ウルQという名前に乗っからず、気負わず、でも脚本に自信をもってつくっている感じがにじみでていて、好感度が高かった。

 だけど、怪獣が出ない。(^_^;)
 ウルQを名乗るなら、もうちょっと怪獣ものがないと消化不良になっちゃう。現在、13話までで、怪獣風なのはガラポンとウニトローダだけ。寒いよ。これじゃ『世にも奇妙な物語』とあんまり変わらないのだ。

 それでも、見つづけけてきたのは、太田愛脚本の作品に期待していたから。その太田作品が、ここんとこたてつづけにオンエアされている。やっぱりこの人の脚本はいいね。待っていたかいがあったというもの。

 太田愛。ウルトラの正当な血脈をもっとも色濃くうけつぐ脚本家。

 そういいきっちゃってもいいくらいの才能だと思う。ちなみに、ご本人のサイトはこちら

 ただ、なんといっても太田愛なのである。あの傑作「オビコを見た」や「出番だデバン」「ゼルダポイントの攻防」(いずれも『ウルトラマンティガ』、)「ぼくたちの地球が見たい」(『ウルトラマンダイナ』)を書いた太田愛なのである。だからこそ、最高級の作品をもとめてしまうのだ。しかも、舞台はウルQ。ここはひとつ、「オビコ」をこえるような作品をぜひ見てみたい。

 もちろん、まだ『李里依とリリー』は未見だし、ご本人のサイトによれば、すくなくとももう1本は書かれているようなので、そこに期待したい。「オビコ」以上はむずかしいかもしれないけどね。

 蛇足情報。ウルQはもう2クール全26話と決まっているらしい。これはウルQ公式サイトの掲示板から得た情報。

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2004.07.02

プロフィール【服部佳代子】

はっとり かよこ。四日市や豊橋など中部、とくに名古屋周辺がホームだが、おととしくらいから西日本全体で活躍するようになった。声としゃべりのやわらかさでは輪界一、二を争う。ちなみに、争っているのはSPEEDチャンネルのさとうゆみさん。

 競輪歴は7~8年かな? それくらい前、アシスタントで見たのが最初だと思う。同時期、オートのアシスタントをやっていたような気もするが、記憶が曖昧。

 最近はGIIIクラスまでなら司会、GI、GIIだとアシスタントという感じか。ほかに競輪関係のイベントやスポーツ紙のレギュラーなど。的確なアナウンス能力と正確さからすると、しげみさんの後継者として最右翼。

 所属は名古屋タレントビューローで、そこでのプロフィールはこちら。当該記事のプロフィールは以下のとおり。

 平成4年4月より“名古屋タレントビューロー”に所属し、数多くのテレビ・ラジオなどに出演。平成10年度中部CM合同研究会新人賞受賞。現在のレギュラーは地元ラジオ局のインフォメーションアナウンサー(ニュース・お天気)。

 また、公共交通機関車内案内テープナレーションの他、スポーツ紙のコラムを執筆するなど、多方面で活躍中。1969年、愛知生まれ。競輪の鰐渕正利(65期 愛知)とは、中学校の同級生。

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2004.07.01

プロフィール【高橋しげみ】

たかはし しげみ。現在、もっとも信頼度の高い競輪キャスター。本拠地は前橋だが、全国のGIII以上のレースのうち、5割近くの司会を担当していると思われる。女性競輪キャスターの草分けはしたらじゅん子さんだが、したらさんは最近ほとんど司会はやらず、裏方に徹しているようなので、必然的にしげみさんの登場頻度が高くなる。

 競輪暦17年だから、車券戦術に関するつっこみも当然ながら鋭い。前橋ドームでの目撃情報によると、ご本人は穴党で大勝負を好むとか。師匠はてっきり前橋を中心に活躍する実況の磯一郎さん(もと日本写真判定)だと思っていたが、実際は実況の草分けとして知られる伝説の鈴木保巳さんだそうだ。ほかにも、前橋発の伝聞情報はいろいろあるが、未確認なのでここには書かない。けっこう武勇伝もあるみたいだけど。(^^)

 以下は当該記事のプロフィールからの引用。

 モデルを経て、フリーアナウンサーとなり、日本テレビ『おはよう天気』ウェザーキャスターなどテレビを中心に活躍。前橋競輪場の場内アナウンスから競輪の仕事に携わり、平成元年のグリーンドーム完成とともに本格的に競輪の仕事を始める。現在は前橋競輪場をホームバンクに、特別競輪の司会などのレギュラーを持つ。

 蛇足。私は前橋の中継・磯一郎さんのしゃべりが好きで、ここ5年くらい、自分の原稿(つまりろーだん)にやたらと「したがって」が出てくるのは、磯さんの影響である。(^_^;)
 ま、オートレースの北嶋輿の影響をうけなかったのが、不幸中のさいわいか。ろーだんで頻繁に「ご起立ください」ってやった日にゃ……(^^;;;

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