« 韓国人Jリーガー第1号 | トップページ | 500mlの誘惑 »

2004.07.23

追悼・原田泰夫九段

 ゆうべ、火曜日にとどいていた『週刊将棋』を開けたら(最近、ほぼ1週間遅れで読んでる)、大ショック。原田泰夫九段が亡くなられていたそうだ。

 さっそく日将連のサイトを見たら、たしかに以下の記事があった。このサイト、毎日見てるのに、ぜんぜん気がつかなかったよ~。しくしく。以下引用。

原田泰夫九段、逝去
 原田泰夫九段が7月11日の午前3時48分、間質性肺炎のため逝去しました。享年81歳。
 新潟県西蒲原郡分水町出身。1937年、(故)加藤治郎名誉九段門下、1944年四段、1949年八段、1982年4月引退、1982年11月九段。1956年度第6回NHK杯戦ほか優勝3回。
 1961年~1967年まで将棋連盟会長。1969年~1971年まで将棋連盟相談役。1997年より将棋連盟顧問。
 1982年秋「藍綬褒章」受章。1996年春「勲四等旭日小綬章」受章。
 謹んでご冥福をお祈りいたします。

 プロ入りしてすぐ戦争で召集されたものの、復員後はまたたく間に八段に昇段し、A級10期、棋戦優勝3回。男気にあふれた先生で、38歳という若さで日将連会長をつとめたあと、40代なかばにしていさぎよく現役引退。その後は普及面でずっと貢献しておられた。

 とくに、解説や立会人としては、軽妙洒脱な話術と的確な説明で見る者をひきつけたもの。けっこうきびしいこともいわれたのだが、そのおおらかな人柄で決して嫌われることのない……それどころか、だれからも愛される名伯楽であった。

 また、これも話術の部類にはいるが、中原永世十段を「棋界の太陽」と命名したり、「自然流」(中原)「自在流」(内藤国雄九段)「さわやか流」などと棋士を評して、棋風をわかりやすく紹介する技術にも長けておられた。

 ここ数年は体調がすぐれなかったようで、解説などで姿を見る機会がすくなかったが、もうあの「原田節」を聞けないと思うと、残念でならない。きれいな日本語をしゃべる人が、またひとりへっちゃったな。
 
『週将』の見出しには、「貢献に感謝感謝」とある。これは全将棋ファンの言葉でもうるだろう。原田節になぞらえたこの見出しは、『週将』にはめずらしく出色だ。私も原田先生に感謝しつつ、合掌。

|

« 韓国人Jリーガー第1号 | トップページ | 500mlの誘惑 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40142/1031103

この記事へのトラックバック一覧です: 追悼・原田泰夫九段:

« 韓国人Jリーガー第1号 | トップページ | 500mlの誘惑 »