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2004.08.25

七福神はもともと九福神だったのか?

 ほんとに雑感。どーでもいいことなんだけど。ヽ( ´-`)ノ

 こないだから気になっていることがある。川崎競輪場のマスコットは「9ちゃん」といって、九福神をモチーフにしたものだと聞いたのだ。

 九福神って、これまで聞いたことがない。

 それで、つらつらと調べてみた。

 まず、七福神というのは、ご存じ「夷、大黒、毘沙門、福禄寿、寿老人、弁財天、布袋」のこと。基本はこのへんが親切でわかりやすい。もともと、インド、中国、日本の神さまがごっちゃになった構成で、いかにも「宗教的になんでもあり」の日本らしい「神さま群」なんだが、それだけに「創作」で追加もしやすいんだろう。

 そう。この川崎の九福神は、川崎市川崎区の桜本商店街を中心に「創作」した、町起こしのためのアイテムだそうだ。しかも、成功した例として、地方自治体のあいだでは有名らしい。このあたりを見ると明らかなように、歴史的意味があるんじゃなく、あくまで制定した1999年の「9」とか、ここに住んでいた坂本九の「9」をひっかけた、かなり場あたり的な(笑)「神さま創造」だったようだ。レポートの一部を抜粋すると、こんな感じ。

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 平成11年に第2期近代化事業が行われた。この時に街のシンボルとして作られたのが「九福神」、平成11年は1999年だから「9」にこだわろうと、恵比寿天などお馴染みの七福神に“上向き小僧”と“福招き猫”を加えて「九福神」とした。“福招き猫”は、もともと当商店街のシンボルであったが、“上向き小僧”は、「上を向いて歩こう」の坂本九さんが子供の頃に桜本に住んでいたことから、“下を向かないで上を向いて歩こうよ”というメッセージを込めて作成された。

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 必要に応じて、神さまをかんたんに創造しちゃうというのは、とても日本的でいいね。

 話はずれるが、ここで「創造」した招福天(招きネコのこと)が、100年もたつとほんとうに神格化しちゃって、「由緒」なんかがついちゃったりするようになるかもしれないわけで、日本における「神さま」の成立過程がはっきりわかる事例といってもいいかも。こーいう日本人の気質はけっこう好き。諸外国・諸民族には理解しがたいかもしれないけど。

 閑話休題。川崎の件はわかったけど、じつは日本各地にまだ九福神が存在するのがわかってしまった。

 第1。ゆーめいどころで、浅草の七福神。ここは「寿老人」と「福禄寿」がふたりというか、2柱というかいるとのことで、かなり昔から実質的には九福神なんだそうだ。

 第2。調べたら、関西にもあった。それも京都! 京都市の泉涌寺七福神は、実際には愛染明王と楊貴妃観音をくわえた九柱からなっているそうだ。なるほどー。楊貴妃観音っていうのはよくわかんないけど、愛染明王は七福神なみにあつかわれても、いっこうに不思議じゃない。妙に納得。もともと、七福神の選定そのものが、かなりいいかげんなんだから。

 第3。八福神というのもあった。(^_^;) 千葉県、八千代市。神田雑学大学 2000年1月14日に、そういう記述がある。しかも、ここには「七福神はもともとは徳川時代に中国からきたもので、九福神というのが正しいようだが」なんてことまでいっちゃってる。

 ここまできて、七福神のルーツとされるものが、2系統あるのがわかってきた。

 A説:中国の「仁王護国般波羅密教」という教典に由来し、室町時代の画題「竹林の七賢者」になぞらえて、7柱の福神をそろえたのがはじまりとするもの。これが主流の考え方らしい。

 B説:江戸時代に徳川家康が天海僧正に命じて選定させたもので、こっちも元ネタは中国ながら、日本では9を「苦」になぞらえて忌避するため、7柱にしたとするもの。構成する神さまに夷、大黒がいる以上、こっちのほうが信頼性が高いような気もする。ま、天海の名前が出た時点で眉唾になるんだけど。大黒なんか、あたしゃマハーカーリーじゃなく、ガネーシャだと思ってるくらいで。属性は完全にガネーシャ。ネズミもいるし。

 ま、よーするに七福神だろうが八、九福神だろうが、自己都合とか商業戦略とか、とりあえず「現世利益」のために使われているのが、いかにも日本人の考えそうなとこで、とってもグッドだった。川崎の商店街に関していえば、「坂本九をまだ使うかの~」(おじゃる丸風に嘆息してみる)というのもあったし。

 たしかに、考え方としては、7より8、8より9のほうが、いろいろ「新しい縛り」ができるぶん、つくり手に有利になるもんね。だれが考えたかは知らないけれど、この川崎の商店街はきっと生きのこると思うよ。がんばれ、川崎。よく考えたら、あたしゃ高校が川崎だったんであった。(^^ゞ

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