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2005.01.16

わたしの前をとおりすぎていったPCたち3-1

 3代めの主力機『閃電』は、あらゆる意味で画期的マシンだった。

 第1。NECの98路線からはなれて、いわゆるDOS/Vに移行した。第2。いわゆるラップトップ機ではなく、タワー型(ミドルタワー)を採用した。第3。はじめからAthlon搭載を前提にしていた……つまり、完全にAMDにシフトしたはじめてのマシンになったわけだ。

 これで、完全自作だったら文句ないのだが、さすがに初ものづくしだったため、組立はショップに依頼する形式にした。このあたりから、TWOTOPとのつきあいがはじまっていたわけで、もうまる5年になるのか。

 そのあいだ、TWOTOPは1度つぶれ、2度売られ、いまはfaithと同じアロシステムっていう大阪の会社の系列ショップになっちゃったわけで、なんか歴史だなあ。(^^ゞ

 さて、このマシンが家にきたのは2000年2月。タワーって、でかいのね……これが第一印象かな。

 OSはまだ98SEだったので、使い勝手的にはそれまでの『轟天』と同じだったけど、いちばん画期的だったのは、やっぱりAthlonの採用。最初のいわゆるK7(0.25μm版)ではなく、0.18μmプロセスルールに移行した開発コードK75ってやつである。

 なんと、この0.25μm版と0.18μm版は(次の銅配線版のK76もだけど)Slot Aだったのよね~。intelでいうとSlot 1だっけ? Pen-IIに相当するやつ。ものすごくでかいパッケージ。スーファミのソフトをさらにもうひとまわり巨大化した感じで、すごい威圧感だった。

 それに、はじめてファン式の冷却システムがついたわけで。これも感動的だったな。この前年、とーこちゃんの2代めマシンとして買ったGATEWAYのGP-350で、Pen-IIの威容は見てたけど、こっちは巨大ヒートシンクが剣山みたいについてるだけで、外見的に動作しなかったもん。ま、どっちも過渡期のモンスターだったわけだけどね。

 外部クロックは750MHz。それまでの『轟天』がK6-2の300MHzだったから、パフォーマンス的にはいっきに4倍くらい速くなったわけで、この動作速度も感動ものだ。

 こーいう感じで、いっぺんに環境が激変したせいもあり、『閃電』にはずいぶん愛着が強かった。

(つづく)

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